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高付加価値旅行者の潜在的要望を読み解くガイドの存在

高付加価値旅行者の潜在的要望を読み解くガイドの存在

高付加価値旅行者の潜在的要望を読み解くガイドの存在

全国で、訪日外国人旅行者の消費額拡大や地方への誘客を促進するためにさまざまな取り組みが行われています。特に、知的好奇心が強くその土地ならではの本物の体験を志向し、結果としてそれに見合う消費が期待できる、高付加価値旅行者に注目が集まっています。そして、高付加価値旅行者の潜在的要望や興味関心を読み解き、臨機応変に、単なる情報でなくストーリーで魅力を伝えることができるガイドの重要性が高まっています。今回は、高付加価値旅行者向けガイド研修(※)の受講実績があり、今年度はメンターとして同研修に関わりつつ、高付加価値旅行者向けガイドとして最前線で活躍する全国通訳案内士の曽我悠さんに、研修で学んだこと、高付加価値旅行者の特性やガイドをする上で必要なことなどについて伺いました。

※高付加価値旅行者向けガイド研修
着地にて1人100万円以上を消費する高付加価値旅行者を魅了する体験やサービスを提供するガイドを育成するための研修プログラム。高付加価値旅行者の目線や価値観を理解し、知的好奇心・興味関心を刺激して満足度を高めることのできるガイド育成が目的。

2023年度高付加価値な観光サービスを提供するガイド育成事業

苦手意識を克服するために高付加価値旅行者向けガイド研修を受講、得られた自信とゲストとのエンゲージメントの向上

― 始めに、曽我さんのご経歴や通訳案内士を志したきっかけについてお聞かせください。

2018年後半から専業で英語の通訳案内士としての活動を行っています。それ以前は13年間、金融系IT企業で仕事をしていました。通訳案内士を志したきっかけは、小中学生の頃の経験が大きく影響しています。

当時は欧州で暮らしており、クラスメイトの中でアジア系の生徒は私ひとりでした。クラスメイトや先生に「日本ってどういうところ?」とよく質問されましたが、ヨーロッパ暮らしの方が長かったため、「わからない」としか答えられませんでした。すると、とてもがっかりした顔をされたのを覚えています。

それ以来、いつか日本のことを海外の人に紹介できるようになりたいと思いがあり、東京でのオリンピック開催が決まったニュースを見たことがきっかけで、日本のことを伝えたいという幼少期からの思いが復活し、通訳案内士の資格を取得し、この道に入りました。 コロナ前は8割がFIT向け、2割はMICE参加者向けの団体エクスカーションのガイドをしており、その頃は、手頃な価格帯のゲストもいらっしゃいましたが、現在はほとんどがラグジュアリートラベルのお客様です。

― 高付加価値旅行者向けガイド研修を受講したきっかけや研修での学びを教えてください。

研修を受ける前は、ゲストが富裕層かどうかは特に気にせずにガイドをしていました。ただ、いわゆる富裕層に対してうまくガイディングができたと思えることが少なく苦手意識があったと思います。

また、日頃から、ゲストの興味・関心、要望に沿って案内するプライベートガイドとしてのスキルを磨きたいとの思いもあり、このガイド研修に応募しました。2020、2021年度は受講生として、2022、2023年度はメンターとして参加しています。

このガイド研修は毎年、内容や講師陣は多少異なりますが、高付加価値旅行ガイドに求められるコミュニケーションの基礎や、高付加価値旅行者が興味を持つ工芸やアート、アドベンチャートラベル(AT)などの専門家による分野別の講義があります。また、ガイド中に高付加価値旅行者から出されたリクエストに対してどのように対応するか受講生同士でディスカッションするケーススタディや、ガイディングの模擬ツアーを行うフィールドワークなど実践的な内容も含まれます。

フィールドワークは、高付加価値旅行の手配を行うDMCやラグジュアリーホテルのコンシェルジュの方々が旅行者役となり、受講生3人1チームでガイディングするものです。とても具体的な内容で、高付加価値旅行者に対する印象が変わりましたし、実際の仕事の現場で同じような場面に遭遇した際には自信を持って対応することができるようになったと思います。

この研修の成果のひとつは、ガイドとしてのサービスやゲストとのエンゲージメント(関係性、信頼性)とはなにかを考える機会を与えてくれたことです。

ガイディング(案内・説明内容)だけでなく旅行者の気持ちの変化を汲み取り、臨機応変な対応をするなど旅行者とのエンゲージメントを高めるという、ガイドに求められるサービス全体に目が向くようになりました。

また、高付加価値旅行者が興味を持つアートや食などのテーマ別に、その分野における一流の専門家から直接解説を受けるなどして学んだことは非常に大きな財産で、ガイディングを行う上での自信にもつながりました。同時に、自分自身がそこまで親しみを感じていなかった分野に対しても学びの意欲が増し、研修後は関連書籍を読んだり、講習会に参加したりしました。その結果、ゲストとの話題の幅も広がり、それがゲストとのエンゲージメントを高めることにつながっていると思っています。

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フィールドワークでガイド中の受講生とゲスト役

― 研修を経て、高付加価値旅行者向けのガイドとして意識していること、あるいはゲストの満足度を高めるための特別な働きかけなどがあれば、お聞かせください。

高付加価値旅行者であっても、一般旅行者であっても、ガイドとしてやるべきことはそれほど変わらないと私は思っています。

ただ、高付加価値旅行者の対応で苦労するのは、リクエストがとても多いことです。高付加価値旅行者といっても、趣味も興味の対象もそれぞれ異なりますので、一概には言えませんが、時間の感覚、美意識の高さ、特別な体験を求める思いが一般の旅行者よりも強く、さまざまなことに対しての要求レベルがとても高い傾向にあります。

このため、ガイドは高付加価値旅行者向けに自身の"引き出し"を充実させておくことが重要です。"引き出し"からなにを取り出したら喜ばれるのかを常に意識し、お待たせすることなく適切なものを提供できるよう、より細やかに気を配る必要があると思います。

私は、高付加価値旅行者の満足度向上のためのキーワードは、"トランスフォーマティブ・トラベル"、つまり自己変革ができていると感じられる旅だと思っています。とりわけコロナ以降、欧米など遠方から日本に旅行する方が何を期待しているのか、ゲスト自身は意識していないかもしれませんが、潜在的に自国で置かれている環境や状況に行き詰まりを感じ、異なる価値観や文化の国で「新しいヒントを得たい」といった期待感を寄せているのではないかと思っています。

さまざまな日本文化に触れ、観光したり体験したりすることによって、ゲストが「実はそうだったんだ!」と気付く瞬間があります。その瞬間にゲストの満足度が高まり、遠い日本に来て良かったと思っていただけるのだと感じます。ゲストが気持ちよく「私が求めていたのはこれだったんだ!」という思いに至れるような対話をすることが、エンゲージメントを高めることにつながると考えます。

ゲストの気持ちに寄り添ってガイディングするのが、高付加価値旅行者向けのガイドとしては大切なことであると信じています。ゲストがそれぞれの体験をより深く自身の中に落とし込めるような働きかけや、説明にもちょっとした工夫を凝らすことがガイドには求められます。更には、ゲストだけではなく、受け入れる側の関係者、たとえば、体験プログラムの講師や交流した地元の人たちが満足してくださることが、ゲストの満足度向上にもつながると思います。その場にいる関係者全員が良い時間を過ごせるような場を作り、導くこともガイドが行う重要な仕事のひとつです。

研修で切磋琢磨、仲間が大きな財産に

― 曽我さんは、このガイド研修にはメンターとしても参加されています。メンターの役割やメンターとして意識されていることはありますか?

フィールドワークの際に受講生をサポートするのがメンターの役割です。2023年度は私を含め5人のメンターが関わっています。

フィールドワークについて少しご説明しますと、受講生は3人1チームで与えられた"お題"に沿って、ゲスト役に扮した高付加価値旅行の手配を行うDMCをガイディングします。この時、各自が40分間で実際にガイディングをして、残る20分はメンターやゲスト役のDMC担当者らを含めその場にいる全員で、良かった点や改善点などフィードバックし、ブラッシュアップにつなげます。

40分の中でアイスブレイクをしていかにゲストと親しくなれるか、目に見えているものを説明するだけでなく、ゲストの興味や関心に応じて、その奥にある文化や地域の歴史についてもストーリーを持って、柔軟かつ魅力的にエンターテイニングに伝えられるかのスキルを学びます。

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曽我さん(左端)がメンターされている様子

実は私が受講生の時もそうでしたが、フィールドワークは準備期間も短く、受講生は通常のガイド業務を抱えながら研修に参加することもあって、ゲスト役の興味や意向から離れて、つい自分の得意分野に寄せていき、"思考の罠"に陥ってしまうことがあります。

この時、メンターは適切なタイミングでこの罠から抜け出せるようアドバイスをします。もちろん、メンターは指導するだけではなく、メンター自身が学ぶこともたくさんあります。私は受講生の時を含め、フィールドワークには何度か参加していますので自分の経験や学びを皆さんと共有したいという気持ちが強いです。

また、私は研修の隙間時間での受講生、DMC担当者との意見交換や交流をとても大切にしています。2023年度の研修では地方から参加する受講生も多く、互いに交流して、それぞれの地域が抱える課題や、オールジャパンでインバウンド旅行、ラグジュアリートラベルを盛り上げていくにはどうしたらいいのか、といった話をするなど、地方のガイドとのネットワーク作りも意識しています。

― 受講生とメンターの両方を経験された曽我さんから見て、このガイド研修の魅力とはどんなところにありますか?

一般に、ガイドは他の人のガイディングを見る機会がほとんどありません。特にガイドの経験が浅い方にとっては、他の方のガイディングの進め方などを目の前で見て学ぶチャンスです。

この研修の受講生は、皆さんとてもレベルが高く、互いに刺激し合って切磋琢磨できるのも、この研修の素晴らしい点です。 ガイド研修を受講後は、年度ごとに参加ガイドのLINEグループが作成されます。このネットワークは大きな財産で、通常のガイド業務でも大いに役立っています。

困ったときには、たとえば、「お客様に今から根付(ねつけ)を買いたいと言われた。今、東京の銀座にいるのだけど、いいお店があれば教えて」といった質問をLINEチャットに入れると、誰かがさっと返事をしてくれます。ベテランのガイドからは学ぶことも多く、逆にベテランは年齢に限らずガイド歴が浅い人の新しい発想に刺激を受けることもあるようです。それぞれ得意分野も異なりますので、互いに情報をシェアするなど協力体制ができています。高付加価値旅行者向けのガイディングをする上で、このLINEグループは"引き出し"のひとつだと思います。

ガイドは高付加価値旅行市場をともに盛り上げるパートナー

― DMOや自治体の中には、ガイド育成に取り組むところも出てきています。日頃、高付加価値旅行者と接しているガイドとして、高付加価値旅行者を地域に誘客するために必要なことはどんなことでしょう?

私たちガイドは、ゲストが日本に滞在している間、最も長い時間をゲストと過ごしているので、高付加価値旅行者ならではの好みや思考、求めるレベルなどを一番よく理解していると自負しています。ガイド個々の経験にもよりますが、どういった宿泊施設だと喜ばれるのか、どういった体験をしたいのか、お客様が理想とする旅の形を私たちは知っています。

私たちは高付加価値旅行者のノウハウを、日々、蓄積していっていますので、DMOや自治体には、そんなガイドを、コンサルタントのような外部専門人材として地域の観光振興に有効活用していただきたいと思っています。

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日本酒ツアーでフォトグラファーのお客様が撮ってくれた写真

"ガイド育成"と言うと、主催者側が育てる立場で、ガイド側が育ててもらう人という関係になり、たとえそのような意図がなくても、上下関係が生まれてしまうケースもあると思います。ガイドを一緒にこの地域を盛り上げ育てていく対等のパートナーという位置付けにしていただければ、より良いものが生み出せると思います。

日本全国どこにでも素晴らしいもの、見るべきもの、見せられるものがたくさんあります。歴史、景観、伝統文化などその土地ならではのストーリーのある場所やコンテンツが必ずあります。

ただし、地方を旅するには交通網や宿泊施設といったインフラが弱く、団体を受け入れるだけのキャパシティーが整っていないところや、後継者不足などによって伝統文化や伝統工芸が失われる危機に直面しているところも少なくありません。こうした受け継がれてきた日本文化を救う手段のひとつが観光業だと思います。

そこで注目すべきなのが、地域の価値を理解し、その土地ならではの文化的な魅力を読み解くことを目的に、交通網が整備されていないところであっても、専用車とガイドを雇って旅をする高付加価値旅行者だと思います。DMOや自治体の方には、ガイドをツアー当日だけ活用する「最後の仕上げ」だけの人材ではなく、「高付加価値旅行者の理想とする旅の形」を最もよく知っている外部専門人材として巻き込み、エリアの磨き上げやその地域のガイド人材の育成にも関わる、観光振興に一緒に取り組むパートナーとして見ていただければと思います。また、自治体やDMOとしての事情もあるかとは思いますが、旅行者の目線にたって行政区分の線引きにこだわらず、広域エリアでガイドを育成していただきたいと思います。

最後に、持続的に高品質なガイドサービスを提供するためにも、報酬はとても重要なポイントとなります。ガイドに限った話ではないですが、優秀な人材に旅行市場を魅力的と感じてもらうには、やりがいを感じられる報酬かどうか、ということもガイド不足の解消に大切だと思っています。

経験を積んだガイドは、高付加価値旅行者対応のノウハウを蓄積しており、彼らの特性や価値観なども理解しています。価値に見合う適切な報酬やガイドによるコンサル料などを、高付加価値旅行市場のプライシング課題の一環として、関係各方面と相談していければ、と思っています。

取材協力:記事には、曽我さんが、高付加価値旅行者向けガイド研修でメンターを務めているアーウィン香織さん、宮下真理さん、村田多恵さんへのヒアリング内容も含みます。

 


Behind the Scenery 曽我 悠
3A(Art, Architecture, Alcohol)をこよなく愛する全国通訳案内士。高付加価値旅行者のガイド、建築・アートツアー造成のほか、インフルエンサーとして各地の情報発信やストーリー造りを支援。観光庁インバウンド対応強化研修1級講師、東京観光財団・東京都の通訳ガイド育成研修講師など。