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住民ファーストの「交流観光」で地域社会の持続可能性を高める~DMOそらの郷の取り組み~

住民ファーストの「交流観光」で地域社会の持続可能性を高める~DMOそらの郷の取り組み~

住民ファーストの「交流観光」で地域社会の持続可能性を高める~DMOそらの郷の取り組み~

徳島県西部「にし阿波~剣山・吉野川観光圏」の観光地域づくりを推進する地域連携DMO「一般社団法人そらの郷(以下:そらの郷)」は、地域住民との交流をテーマにした着地型旅行商品の企画や開発・販売などを手掛け、観光を活用した地域の持続可能性の向上に取り組んでいます。地域住民が参加する取り組みで大切にしていることや得られた変化について、同法人の事務局長・日下敏嗣さん、事務局次長・出尾宏二さんにお話を伺いました。

目指すのは「住んでよし、訪れてよし」の観光地域づくり

─「にし阿波~剣山・吉野川観光圏」とはどのような地域ですか?

徳島県西部の美馬市、三好市、つるぎ町、東みよし町の2市2町からなる観光圏で、四国のちょうど真ん中辺りに位置しています。中央部に流れる吉野川が2億年の時を経て作り上げたといわれる美しい渓谷「大歩危・小歩危」や、西日本で2番目の高さを誇る1955メートルの剣山 など、豊かな地域資源に恵まれたエリアです。

山間部には、険しい山の斜面に張り付くように形成された集落が今も残り、世界的にも珍しい「傾斜地農耕」という技術が400年以上に渡って受け継がれています。段々畑のように平らな面を造成するのではなく、傾斜地のまま農業を営み植物資源を循環させる独自の伝統農法は、「にし阿波の傾斜地農耕システム」として2018年に「世界農業遺産」に認定されました。日本の原風景とも言える山村景観や食文化、農耕にまつわる伝統行事など、地域の人によって守られてきた暮らしの在り方すべてが価値あるものとして世界的に評価されています。

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にし阿波の集落景観:暮らしが介在する里山の情景が地域資源


─そらの郷の概要について教えてください。

もともとこの地域では、2000年に大歩危・祖谷地域の5軒のホテル・旅館が「大歩危・祖谷いってみる会」を結成し、行政と連携しながら地域全体のプロモーションを国内外に向けて行ってきました。また2007年には、教育旅行の受入窓口として「そらの郷 山里物語協議会」が設立され、農山村の暮らし体験などの受入拡大を図ってきたという背景があります。

その後、観光圏整備法に基づく「にし阿波~剣山・吉野川観光圏」への認定に伴い、2011年に「そらの郷 山里物語協議会」を母体として改組織化し、「一般社団法人 そらの郷」を立ち上げました。地域内の関係者と合意形成を図り、観光地域づくりプラットフォームの中核的な役割を担う人材「観光地域づくりマネージャー」が所属し、民間と行政が一体となった地域連携DMOで、2016年には日本版DMO候補法人として登録されています。

インバウンドにおいては、祖谷の山里に魅せられて移住した東洋文化研究家、アレックス・カー氏の影響もあってアメリカ人バックパッカーが多く訪れていることから、日本の歴史や文化に基づいたストーリーに関心の高い欧米豪、また大自然や原風景に興味をもつ香港・台湾をメインとする東アジアに注力しています。コロナ前の2019年の国別外国人宿泊者数は香港がトップで、続いて台湾、中国、アメリカ、フランスの順となっていました。香港が多い背景として、にし阿波地域は2次交通の便が良くないためレンタカーでの移動が主流なのですが、香港は日本と同じ右ハンドル、左側通行なので、個人旅行がしやすいという理由もあります。


─具体的にどのような業務を行っているのでしょうか?

大きく2本の柱を掲げて事業を展開しています。
ひとつめは「そらの郷 山里物語協議会」として従来行ってきた、教育・研修旅行の体験受入、農家民泊、体験観光の開発造成。もうひとつは、「DMOそらの郷」事業部として行う、観光地域づくりのマーケティングやマネージメント、着地型旅行商品の開発造成、国内外からの誘客プロモーションなどになります。

私たちが事業を通じて目指しているのは「住んでよし、訪れてよし」の観光地域づくりです。にし阿波~剣山・吉野川観光圏のブランドコンセプトである「千年のかくれんぼ ~分け入るごとに、時は遡り〜」は、険しい自然環境や伝統農法、郷土の食文化など、地域に息づく山の暮らしを来訪者に自ら体感してもらいたいという思いから生まれました。暮らしの中の隠れた魅力を自分たちで探してもらうことで、旅の満足度も高めることができるのではと考えています。
この地域では厳しい人口減少や高齢化が進んでおり、主要産業である農業の担い手も少なくなってきています。このままでは地域独自の農業文化も継承できなくなるという危機感を感じており、この課題に対処し持続可能な未来を築くため、地域住民が幸せに住み続けられるまちづくりのための観光振興を進めています。

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集落の農家を探訪:住民の世界観と人生観に触れ共感する

交通が不便な場所だからこそ求められる、質の高い交流観光を

─ インバウンド向けの体験プログラム造成において工夫していることはありますか? 

ほとんどのプログラムに、地域住民との交流を取り入れています。私たちは「交流観光」というカテゴリで捉えているのですが、にし阿波のように、交通も不便で訪れる理由が必要となるような地域では、人との交流を通じた思い出づくりが大きな魅力になると思うのです。実際、訪日外国人旅行者からも人気を集めており、満足度も高い評価を得ています。

たとえば、農家レストランで地域のお母さんが民謡を唄ってくれるというプログラムがあるのですが、多くの場合は盛り上がってアンコールのリクエストがおこります。お母さんがアンコールを唄い終わると、今度は外国人旅行者に「次はあなたたちの国の歌が聞きたい」と声をかけ、そこから歌での交流が始まることもしばしばです。そのような現場に何度も立ち会いましたが、これこそが交流観光の本質だと感じています。
一方で、受入側となる地域の高齢者の方々がストレスを感じることがないよう、受入人数や頻度は調整を図っていますね。地域住民の満足度を最も大切にする「ローカルファースト」の考え方を基本とし、一時的な経済活性化だけを考えた取り組みにならないように気をつけています。

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農家レストランでのランチは店主との交流が最大の魅力


─ガイドの確保や育成にはどのように取り組んでいますか?

私たちが提供する交流観光においては、ガイドの存在が非常に重要です。歴史や景観だけを説明する通り一遍のガイディングではなく、散策の途中で農作業をしている住民に声をかけて話を聞くなど、地域の人と観光客の橋渡しをする交流コーディネーターとしての役割を担うので、語学力よりもコミュニケーション力が重視されています。


ガイドの数を確保するのはなかなか難しい課題ですが、近隣の地域からも募って、年に2回は講習を開催します。ロールプレイを行いながら、案内時の注意点や分かりやすい説明方法などについてガイド同士で情報や知識を共有したり、課題や改善点を洗い出したりして、各人のスキルアップを図っていくのが目的です。地域の人がどういう想いで歴史や文化を守りながら暮らしているのか、その答えをできるだけ住民の口から引き出せるようなガイドの育成に努めていますね。


─プロモーションやマーケティングはどのように行っていますか?

海外での商談会やイベントに参加する際は、地域の紹介だけにとどまらずしっかりと誘客に繋げることを念頭においています。民間事業者が同行することで、価格やサービスについてもその場で臨機応変に提案や交渉ができますし、官民連携DMOだからこその強みをいかしたいと考えています。

マーケティング戦略においては、フォロワー数が多いインフルエンサーを活用して一過性の注目を集めるのではなく、リテンション(継続的な関係の維持)を高めることに焦点を当てています。来訪者に上質な交流体験を提供することで、にし阿波地域のファンを着実に増やし、そうした関係性の深いファンが自発的に魅力を発信してくれるのが理想ですね。実際にそのようなファンも増えてきていて、海外からのリピーターも多くなりました。

短期の収益と将来への投資のバランスが重要

─取り組みを通じて、地域住民の意識に変化はありましたか?

毎年住民意識調査を行っているのですが、観光客を受入ることに好意的な人は徐々に増えています。「魅力ある地域を創造する」というそらの郷の取り組みが、住民にも少なからず評価されているのだろうと受け止めています。

また、祖谷で交流体験に参加してくれているお母さんが、この頃「祖谷は変わったよね」って言ってくれたこともあります。観光客が増えて迷惑だというマイナスな意味ではなく、「観光客との交流でみんなが元気になっているみたい」だと。普段は家でじっとしている90歳を超えるおばあちゃんが、交流体験の日になると急に元気になって張り切って参加してくれるなど、経済価値には置き換えられない喜びが数多くあります。これもまた観光の力を借りた持続可能な地域づくりの一面だと思います。

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右)農家の住民が迎える:住民主体の体験コンテンツで観光地域づくり
左)農家で暮らしを感じる:分け入った先の農家で生活の知恵に共感する

─最後に、持続可能な観光地域づくりに取り組む全国の自治体、DMOの方々にメッセージをお願いします。

持続可能な観光地域づくりは即座に数字に結びつきにくいという難しさがありますが、将来の投資として捉えるべきだと思います。事業においては短期で収益や成果を出すことだけが評価されがちですが、地域の人を幸せにする観光をブランディングすることは10年後、20年後の持続可能性につながるはずです。官民が連携したDMOこそ担うべき、担うことができるミッションなのではないでしょうか。

一般社団法人そらの郷