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訪日旅行者の満足度を最大化する「ガイド」の仕事とは

訪日旅行者の満足度を最大化する「ガイド」の仕事とは

訪日旅行者の満足度を最大化する「ガイド」の仕事とは

日本を訪れる外国人旅行者に外国語で観光地の案内や日本の文化や歴史などの紹介をする「ガイド」は、日本の印象を決定づけ、リピーターにつなげていくための大切な存在です。観光庁・JNTOが目指す高付加価値旅行やアドベンチャートラベル、サステナブル・ツーリズムなどを実現していくためには、質の高いガイドの育成とスキルアップが欠かせません。今回は、ガイドコミュニティ『JapanWonderGuide』を運営する株式会社ノットワールド代表取締役 佐々木文人さんに、ガイドに必要な素養、ガイド育成のポイントなどについて伺いました。

ガイドという職業の社会的地位を高めたい

―はじめに、ノットワールドの事業概要について教えてください。

社名のノットはknot、つまり“結び目”という意味です。当社は「結び目を創出することで、国内外の相互理解を促進し、世界平和に貢献する」というビジョンを実現するために、ガイドツアーの造成・運営と、ガイドコミュニティの企画・運営を行っています。

―ガイドコミュニティ『JapanWonderGuide』を立ち上げるに至った背景や理由についてお聞かせください。

ノットワールドでは、2015年から築地と砂町銀座商店街で食べ歩きツアーをスタートし、コロナ前の2019年には年間1万8000人のゲスト(海外からの旅行者)を迎えました。やっとここまで来たなという感慨もありましたが、その一方で、訪日客3,200万人に占める割合でみればわずか0.06%ですから、まだ0.1%にも届かないのかという思いもありました。

同時に、「ガイドの方々が、ガイド料だけで生活していけるような報酬を、自分たちが支払えているのか?」という疑問もありました。ノットワールドでは今までの経験を通じて、ゲストの方々に喜んでもらえるガイドになるためのノウハウを蓄積してきたという自負はありました。そこで、このノウハウをベースとして日本全国のガイドを育成することができれば、より多くのゲストに対して質の高いサービスを提供することができるだけでなく、ガイドという職業の社会的地位を高めることができるのではないかと考えたのです。

こうした思いから、2020年2月にガイドコミュニティ『JapanWonderGuide』を立ち上げました。2022年9月時点で2,200名を超える方にご登録いただいています。

―単に「スキルアップを図る場」ではなく、「ガイド同士のコミュニティ」とした理由は、どのようなところにあるのでしょうか?

第一に、ネットワーキングの重要性を感じたことにあります。ちょっと前のガイドは、言語と道案内・観光地案内ができればゲストを満足させることができていたと思います。しかしながら、携帯端末の発達等により、ガイドに求められるスキル・素養というものが変わってきています。スキルアップはもちろんなのですが、合わせてガイド内外のネットワークを強化していくことが、地位向上・ゲスト満足度向上において不可欠だと考えています。

ガイドにとって、仕事をどう獲得するかはとても大事な論点ですが、先日トップガイドの方々にインタビューをしたところ、多くの方々がガイド仲間から仕事を紹介してもらったという話をしていました。ガイドという職業は個人事業主が多いので、ともすればあまり周りの人と接点がないままですが、有益なネットワークを構築していきたいと考えています。

第二に、ガイドには実力に応じた報酬体系ができていないという問題意識がありました。たとえば美容師の世界なら、カリスマと呼ばれるような実力を持ったスタイリストは、相応の報酬を得ることができ、トップスタイリスト・スタイリストと能力に見合った報酬体系になっています。ところがガイドの世界では、経験の浅い人も20年の経験を持つベテランも報酬に差があまりないのが現状です。

ゲストの満足度に応じた報酬が得られるようになり、トッププレーヤーが十分に稼げるようになれば、ガイドという職業の社会的地位も向上し、スキルアップのモチベーションにもなります。コミュニティを通じて「ガイドの質の見える化」を実現し、あわせてプラットフォーム化することで、結果としてゲスト・旅行会社とガイドの効率的なマッチングにもつなげていきたいと考えています。

第三に、スキルのシェアを進めていきたいと考えています。これまでは、経験を積んだベテランほど、自分が身につけた知識やスキルを囲い込む傾向があったと思います。確かに知識や経験はその人にとっての商売道具ですから、その気持ちは理解できます。しかし、日本のインバウンド市場を将来にわたって持続的に成熟させていくためには、優れたノウハウを共有する文化を醸成していくことが大切です。

『JapanWonderGuide』ではEラーニング研修も行っていて、実力のあるガイドの方に講師を務めていただいています。講師として自分の知識や経験をシェアした人が、その地域、その分野のスペシャリストとして認知され、結果としてその人に好条件の仕事が回ってくる……というような好循環を生み出していきたいと思っています。

現状、特に地方において、ガイドが不足しています。地方では、クルーズ船が寄港した際等限られた期間にガイド需要が集中してしまいます。いいガイドも、経験不足のガイドもその時は仕事があるけど、それ以外の時は仕事が少ない、という状況です。

仕事がないからガイドも少ないし、地域ごとのガイド育成にも限界がある。今後日本全国に外国人が訪問するようになると、その地域を良く知るガイドに案内してもらうことでゲストの旅の満足度が高まりますから、“地元で英語が話せるガイド”を増やす必要があります。そこに向けて、ガイドに求められるスキルを体系化し、ガイド同士が互いに苦手な分野についてオンライン・オフラインで教え合えるようなコミュニティをつくることで、地元ガイドを増やし、質の底上げを図ることができると考えたのです。

 

ガイドには「エンターテインメント」が求められている

―時代の変化などによって、ガイドに求められる要素も変化してきていると思います。佐々木さんが考える「求められるガイド像」とは、どのようなものですか?

先ほどお伝えしたように、従来の観光ガイドは、通訳と道案内ができれば、ゲストに一定の価値を感じてもらえる存在でした。しかし現在では、通訳や道案内はもちろん、その土地に関する歴史や文化まで、すべてスマートフォンで知ることができる時代です。

そんな中でガイドに求められるのは「エンターテインメント」だと思います。ガイドが案内先の店の人と親しかったおかげで、通常では見られないバックヤードに案内してもらえたとか、ガイドがサプライズで道中景色がいいところで野点をしてお茶を楽しんでもらった、というようなことです。

私たちが催行するツアーの参加者からは数多くのクチコミをいただきます。感謝の声をいただく一方、中には「On our own(自分で行けた)」という感想もあります。つまり、ガイドの必要性が感じられなかったというものです。ゲストの方々は「ガイドのおかげで特別な時間を過ごすことができた」という価値を求めているのです。

 

訪日旅行者の満足度を最大化する「ガイド」の仕事とは

ノットワールドが催行したツアーの様子

 

私自身、ガイドをした際にこんなゲストがいました。あるゲストの方を築地・浅草にご案内したのですが、その日はあいにくの雨でした。ところが、ゲストの方から「今日は雨だったけど、このツアーを体験できたから、最高の一日だった!」と声をかけていただいたのです。雨でちょっと憂鬱な気分になる方もいるかもしれませんが、個人的にはそんな日こそガイドの腕の見せ所だと感じています。

「雨で残念だったね」ではなく、「雨だから空いていて快適に歩けるし、お店の人とより深い話ができたね!」というスタンスでいると、ゲストにもツアーだからこその楽しい時間をお届けできます。「ガイドに求められているものはゲストに満足していただくためのコミュニケーション能力であり、エンターテインメントなんだ」と改めて感じた一コマでした。

―そのような「求められるガイド像」を発見できたのは、ツアー催行者として多くのゲストを案内してきた経験があったことが関係しているのでしょうか?

そうですね。ノットワールドでは、ガイドの研修に際して、必ず実際のツアーでOJTを行っているのですが、その際に私たちがどこを見ているかというと、ガイドはもちろんですが、ゲストの表情に注目しています。そして、ゲストがつまらなそうな表情をしていたら「もっとこうした方がいいよ」とアドバイスするようにしています。

おそらく、私たちほど“ガイドされている旅行者の表情”を見てきた人は他にいないのではないでしょうか。その体験は、間違いなく『JapanWonderGuide』の思想のベースになっていると思います。

私たちは、ツアーの満足度は「コンテンツ構成」と「ガイドによる演出」の両輪で成り立っていると思っています。例えば、シーカヤックを楽しむツアーやマグロ解体ショーなどは、コンテンツそのものの魅力だけでもツアーは成立するのかもしれません。しかし、そこにガイドの「その場を演出する力=エンターテインメント性」が加わることによって、ゲストの満足度は何倍にも高まるのだと思います。

私たちが実施しているツアー『Japan Wonder Travel』は、トリップアドバイザーの『Certificate of Excellence(エクセレンス認証)』を4年連続で受賞しているのですが、ゲストからのコメントの9割以上には「○○さんのガイドが最高だった!」など、ガイドの名前が書かれています。ゲストの旅行満足度に、ガイドの与える影響がいかに大きいかがわかると思います。

 

地域の人たちの「仲間」になる

―ノットワールドのミッションに「人と人、人と地域の結び目となり、関わる人・地域を幸せにする」とありますが、「ガイドと地域との理想的な関係」とは、どのようなものだと思われますか?

地域の人たちに、ガイドが“身内”として認識されるような関係を築くことが大切だと思います。ノットワールドでは、2021年1月から『JWG TSUKIJI CLUB』というオンラインサロンを開設し、毎月1名、築地の方に登場していただいて、食材にまつわる面白い話を聞いたり、築地の歴史や見所を教えてもらったりしているのですが、この企画を始めるときに地元の方から聞いた「俺たちは、ガイドに『築地のファン』じゃなく『仲間』になってほしいんだ」という言葉が印象的でした。つまり、外の人ではなく、築地の人としてゲストに魅力を伝えてほしいということです。

たしかに、自分は築地の一員だという思いを持ってガイドすれば、ゲストに対してウェルカムな気持ちをより深く伝えることができるはずです。私たちも毎年年末に菓子折を提げてあいさつに行っているのですが、コロナ前には築地の祭りに参加して、地元の人たちと一緒に神輿を担いだりもしました。こんなふうに、ガイドと地域の人たちの間に「仲間」の関係を築くことができたら、日本の観光はもっと面白くなっていくと思います。

―地域の方々との信頼関係を築くために、佐々木さんたちが心がけていることはありますか?

大きな声であいさつをする、怒られたら謝りに行く、お店のお客様の邪魔をしない……など、基本的なマナーを大切にしています。あとは、「自分は街や店のセールスマンだ」という意識を持っています。

ある時、試食を我が物顔で食べさせてお勧めはしないガイドがいると街で問題になっていました。例えばガイド中に老舗の海苔店を訪れた試飲・試食をさせてもらった際に、「実は、ミシュランに載っている寿司店の半分ぐらいが、この店の海苔を使っているんですよ。自分もプライベートでよく来てるけど、ほんと美味しいんです」と魅力を伝えると、ゲストは「すごいね!ぜひお土産に買って帰ろう」となります。

また、鰹節のお店では、ガイドが鰹節のことを「Dried Bonito」と訳しているのを見て、後日、社長さんから「Dried Bonitoじゃない。カツオブシだ。私は寿司やラーメンのように、海外の人にKatsuobushiとして伝えていきたいんだ」とご意見を頂いたこともありました。以後、各ガイドにも共有して、ゲストにはKatsuobushiと紹介しています。

一般のお客様がいる時は邪魔にならないようにすることはもちろんですし、こういう姿を見てもらうことで、しだいに信頼関係が深まっていくのだと思っています。

 

ガイドの力で「ゲストと地域がともに満足できる観光」を目指す

―『Japan Wonder Guide』では、オンライン、オフラインの研修も行っています。講座や研修の内容は、どのように構築されているのでしょうか?

基本的には、ガイドからのニーズが高い「ボトムアップ型」の講座と、私たちが伝えたい「トップダウン型」の講座を、バランスを考慮しながらつくり上げています。

ボトムアップ型とは、例えば「築地をガイドする際のポイント」など、知識やノウハウを中心とした研修。トップダウン型は、私たちが「これからのガイドには、こんなスキルが必要だよね」と考える内容、例えばゲストとのコミュニケーションの方法などです。ただ、実際にやってみると、知識や語学を身につけたいというニーズが多い一方で、コミュニケーションスキルを学びたいというニーズは少ないのが現状です。

今後は、受講者に魅力を感じてもらえるトップダウン型研修をいかにして作っていけるかが課題ですね。将来的には「言語」「ユーモア」「知識」などのように、ガイドに求められる能力を数値化したスパイダーチャートを作成して、ガイドとしての能力を多角的・客観的に評価できるような仕組みもつくっていきたいと考えています。

―これからの日本の観光市場にとって、ガイドに求められる役割はどのようなものでしょうか?

ガイドの本質は「地域の魅力と人をつなぐ」ことだと思います。JapanWonderGuideで会員のことを「KNOTTER」(ノッター:KNOT(結び目)を創る人という造語)と名付けているのもそうした背景があります。その土地の魅力的な場所、物産品、人、ストーリー(歴史・文化)と繋ぐことで、地域の経済にも貢献できますし、来訪者のファン化にもつながると感じています。単に「訪れておしまい」ではない一歩深い旅行を演出していくことが、ガイドには求められています。

ただ、これは観光市場に限ったことではないと感じています。最近では、日本全国の自治体に「移住・定住コーディネーター」が配置されていますが、彼らの仕事は、地域の特性や魅力についての情報を収集し、移住を希望する一人ひとりのニーズに合わせて提供することで、その地域のファンを増やしていくことです。これもまさに、「ガイド」が担っていく役割だと感じていますし、現在そうした職務を担っている人たちにもガイドスキルを身に付けてほしいと思っています。

ガイドの存在は、地域に対してはファンやリピーターを増やし、地元に落ちるお金も増やしながら「観光公害」のような摩擦を減らすという恩恵を与えることができます。そして来訪者に対しては、より快適で充実した時間を提供できる。訪れる側と迎える側の双方に幸せをもたらす存在になれるのではないでしょうか。

名称に関係なく、地域の魅力と人をつなぐ役割を担う優秀なKNOTTERを増やしていきながら、同時に、「地域の魅力を地元の人の言葉で聞くことを楽しいと感じ、その楽しさを提供してくれるガイドに対して対価を支払う価値がある」というガイド文化を根付かせていきたいと思っています。

 

訪日旅行者の満足度を最大化する「ガイド」の仕事とは

2020年2月、東京で行ったJapanWonderGuideのキックオフパーティの様子。コロナにまさに突入するタイミングに約200名のガイドが集まった

 

―最後に、インバウンド誘致にあたって、通訳ガイドの育成・スキルアップに悩みを抱えている自治体、DMOの担当者に向けて、メッセージをお願いします。

私は、多くの自治体では、通訳ガイドが「不足している」のではなく、「今いる人材のポテンシャルを活かしきれていない」ケースが多いと感じています。仕様書を満たすために、既存の連絡先を活用し、ボランティアガイドを中心に参加者を集めて数回のガイド研修を行っても、目に見えた成果に繋げることは難しいのも実態です。

数回の研修で成長できるかというと、限界もあります。真剣にガイドの能力向上を目指すのであれば、そもそも募集する母集団の見直しを行ったり、研修を受けたガイドが活躍できる機会を創出したり、語学が課題なら、英会話のスキル向上のためにたとえばフィリピンに派遣してがっつり1か月の語学研修を行ってみたりするなど、目的から逆算してできることは多いのではないでしょうか。

また、通訳ガイドがひとりでもいれば、自治体やDMOの担当者がハブ役となって、その人と一緒に仲間を増やしていくこともできるでしょう。そういう地道なステップを着実に踏んでいくことで、通訳ガイド人材は増やせると思います。

『JapanWonderGuide』では、「官学パートナー」という制度を設けています。これは、自治体、DMO、観光協会、大学・高校、研究者を対象に、ガイドの育成やネットワーク構築について、ともに検討・推進していくことを目的とした制度で、先進地域の観光に対する取り組みをオンラインで紹介しています。先進事例を学び、地域で実践するために役立てていただければうれしいですね。

 


株式会社ノットワールド代表取締役 佐々木文人
東京大学経済学部卒。損害保険ジャパンを経て、ボストン・コンサルティング・グループへ。2012年寿退社し、夫婦1年間世界一周旅行の後、中高大の友人と共に2014年2月に株式会社ノットワールドを設立。東京・京都を中心に訪日外国人向けのフードツアー、プライベートツアーやガイドコミュニティを運営。総合旅行業務取扱管理者、全国通訳案内士。