2024年3月1日
高付加価値旅行者の誘致に向けた海外セールス、「伊勢志摩観光コンベンション機構」が掴んだ手応えと課題
2023年3月、観光庁は「地方における高付加価値なインバウンド観光地づくり」のモデル観光地として、11のエリアを選定しました。着地消費額(航空券代を除く旅行金額)が1人100万円以上ともされる高付加価値旅行者を地域に呼び込むのは容易ではありません。そこで今回は、モデル観光地の1つとして選定された、伊勢志摩エリアの地域連携DMOとして活動する伊勢志摩観光コンベンション機構の須﨑充博さん(事業推進グループ長)と加藤慎太郎さん(高付加価値担当)に、同機構が行っている海外セールスを中心にお話を伺いました。
地域全体への波及効果を期待し、高付加価値旅行の推進を図る
──はじめに、伊勢志摩観光コンベンション機構について教えてください。
私たち伊勢志摩観光コンベンション機構は、伊勢市、鳥羽市、志摩市、南伊勢町の3市1町が中心となって構成されています。この中で伊勢市、鳥羽市、志摩市の3市は、それぞれがインバウンド戦略を実施してきました。
志摩市は2016年にG7伊勢志摩サミットが行われた志摩観光ホテル、また、富裕層向けリゾートのアマネムを筆頭に、THE HIRAMATSU HOTELS & RESORTS 賢島や汀渚 ばさら邸などのスモールラグジュアリーな宿泊施設があります。伊勢市には伊勢神宮があり、歴史文化やスピリチュアル性の部分で強みを持っています。鳥羽国際ホテルやミキモト真珠島がある鳥羽市では、同市が育んできた文化・芸術、歴史と相性のよいフランスに向けて戦略を練ってきた経緯があります。
そのなかで伊勢志摩観光コンベンション機構は、こうした行政の枠を越えたエリアのプロモーションを担っており、2016年のG7伊勢志摩サミットの後に、富裕層を含めたインバウンドの誘致を伊勢志摩観光コンベンション機構として本格化させました。
具体的には、伊勢神宮の式年遷宮や関西万博といった大きなイベントと絡めた情報発信による誘客、海外の商談会や旅行博に参加して、現地の旅行会社へのセールス、旅行会社やメディアなどに向けたファムトリップの実施などを戦略的に行っています。
ターゲット市場としては、伊勢志摩エリアの歴史文化、すなわち伊勢志摩国立公園の景観や伊勢神宮を筆頭にしたスピリチュアル性、さらには海女のような独自性のある文化などに強い関心を持つ欧米の方々を狙っています。特にフランスを筆頭に、イギリスやアメリカ等の富裕層を戦略の中心に据えています。
また、シンガポールやタイ、台湾、香港といったアジア圏の観光客で、京都や奈良まで来ている人たちを、伊勢志摩に呼び込んでいきたいと考えています。
──なぜ「高付加価値なインバウンド観光地づくり」に取り組むことになったのでしょうか?
正直なところ伊勢志摩エリア全体でいうと、訪日外国人旅行者の数はコロナ禍前も含めて、そこまで多くないのが現状です。先ほどインバウンドの誘致活動を本格化させたのはG7伊勢志摩サミットの後であるとお話ししましたが、それは従来この地域には国内旅行者が多かったことが要因の1つです。地域には日本人旅行者で手一杯な事業者が多く「インバウンドに手を出す余裕はない」という声も少なくありません。
ただし、国内旅行者は人口の減少とともに厳しくなっていくことは目に見えていますので、伊勢志摩の歴史文化を好むような高付加価値旅行者である海外からの富裕層を呼び込むことで、先ほど挙げたラグジュアリーホテルのみならず、地域全体への波及効果が生まれるのではないかと期待して、高付加価値旅行者の誘致を目指そうと考えました。
「エリア全体の経済が潤うための活動であること」を理解してもらう必要がある
──高付加価値旅行者と言っても、プライベートジェットを持っているような資産額が5億円を超えるような超富裕層もいれば、資産額1億〜5億円程度の富裕層もいます。伊勢志摩エリアとしては、どう捉えていますか?
たとえば、「アマネム」は世界的なラグジュアリーホテルブランドであるアマンが日本で2番目に開業したホテルで、高付加価値旅行者を象徴するようなラグジュアリーホテルだといえます。しかし、アマネムの客室数は32部屋であり、人気があるのでなかなか予約が取りづらい状況が続いていますので、そこに泊まるような超富裕層だけに絞ってプロモーションをするのは難しいと考えています。
私たちのもとには、専門家のみなさんや地域の観光事業者のみなさんから、「地元を見すぎて理想に近づけない」と「理想に引っ張られすぎて地元を見ていない」という、相反する2つの意見が届きます。
「理想」というのが、アマンに泊まるような超富裕層を呼び込むことだとすると、伊勢志摩観光コンベンション機構ではそのような顧客層もターゲットとしています。ただ、私たちは伊勢志摩の地域の皆さんが潤うことこそが重要だと捉えていますので、富裕層をもっと広く捉えたうえで、彼らを顧客に持つ旅行会社と、魅力ある事業者とをつなげていきたいと考えています。
いずれにしても地域のみなさんの理解は必須です。「高付加価値旅行者を誘致することの経済的意義」をしっかりと地域のみなさんに説明し、事例としてお示ししていくことが欠かせないと思っています。言い換えれば、富裕層を狙うことが目的化しているかのような見せ方は、誤解を招く可能性があるので駄目だということです。
「高付加価値旅行者を誘客することによって、観光業はもちろんのこと、他の産業にも経済効果が及んでいき、そのことを通じて持続可能な地域づくりを実現していく」というような丁寧な説明を、具体的な内容を伴ってお話ししていかなければいけないと考えています。
海外商談会や旅行博への取り組み状況と課題
──先ほど旅行会社やメディア等へのセールスをしているということでしたが、具体的な海外の商談会や旅行博への取り組み状況はいかがでしょうか。
2023年度は、14の商談会への出展とセールスを実施しました。富裕層向けで代表的なのはILTM(International Luxury Travel Market)で、2023年6月に参加したILTM Asia Pacificでは、50以上の商談を行い、実際に5件のファムトリップの誘致と10件の商品造成につながっています。12月にはILTM Cannesに参加し、40の商談があり、5社のファムトリップを誘致することができました。
こうした商談で説明をする際は、タブレットが活躍します。というのも、商談会ではILTMを筆頭に海外の富裕層旅行業界では紙のパンフレットを使っているところがほとんどないからです。セールス資料やQRコード等を駆使し、パンフレットを含めた様々な情報を伝えています。
▲参加した富裕層向け商談会ILTM Asia Pacific/ILTM Cannes
──課題を含め、海外セールスで感じたことはありますか?
海外セールスで実感するのは、「知ってもらうこと」の重要性です。まだまだ伊勢志摩のことを知らない人は多く、認知度を高める必要があると思い知らされます。
現状は商品造成をするだけにとどまっていて、実際にどれだけ売れているのかまでは追いついていません。どのような客層の方をどれだけ送客したのかという成果までを把握し、数字として地域にお示ししていかなければならないと考えています。
また、セールスの現場で感じるのは、ガイド不足と二次交通の弱さという2つのボトルネックの存在です。
ガイド不足はそもそも多言語に対応できる人材が少ないということに加え、仮に多言語対応ができたとしても、自分の話に夢中になるガイドさんが少なくありません。特に富裕層をご案内する場合、相手が聞きたいことに合わせて話すというスキルが不可欠であると思います。
二次交通に関しては、もともと地域内にハイヤーが少ないうえ、営業エリアに縛りがあることで、うまく対応できないこともあります。公共交通機関も海外の方にとって使い勝手が良いといえる状態ではありません。
──海外セールスをより効果的に行っていくために必要なことはありますか?
1つあげるとすれば、人材の問題があります。商談会に行けば成果をあげられるということは見えてきたのですが、セールスに割ける人材が足りていないので、目ぼしい商談会や旅行博に行ききれていません。現状だと、伊勢志摩観光コンベンション機構にはセールスの担当が1人だけなので、「こっちも出ませんか?」という案内がきても、多くの場合は断っている状況です。職員を採用するほか、県や他地域と連携し補完し合う体制を取ることが必要です。
ただ、地方はどこもそうだと思いますが、すぐに能力のある人材を採用できるわけではありませんし、人件費の問題もあります。
ひとつの解決策としては、現地の日本人パートナーを活用するということも手かと思います。たとえば、フランスでセールスを行った時には、フランスに永住している日本人に協力を依頼しました。その方は、セールスのためにドバイに行った際、たまたまイベントで意気投合した方です。様々な分野に精通している方で、現地の事情もよく把握されているのでとても心強い存在でした。
伊勢志摩サミットが意外なところでMICEの誘致につながった
──そういったつながりというのも、海外に出て行っているからこそ得られているということでしょうか。
その通りだと思います。ドバイでは、ドバイ日本総領事館関連のパーティーのプロデューサーさんと知り合ったのですが、その方から、「ちょっと一緒に見に行かないか」と、Global Sustainability Network(※以下、GSN)という組織の総会へのお誘いを受けました。快諾すると、「せっかくなので、そこで伊勢志摩のプレゼンをしてみないか」ということで、少しだけプレゼンの時間をいただいたのです。
お恥ずかしながら、通訳をつけて日本語でプレゼンをしたのですが、その時にISESHIMAという言葉を聞いた方から「G7が開催された〝あの〟ISESHIMAか」と質問されました。「そうだ」と答えたら、「それなら安心なところですね」と言ってもらえて、その結果、次の会合の場所として伊勢志摩を選んでもらえたのです。
GSNは1,000人程度の組織で、会合は数十人の代表者が集まるものに過ぎないのですが、それでも十分なインパクトがあったと思います。彼らが情報発信源となることで、より多くの方に伊勢志摩を知ってもらえるからです。
▲ インドネシア・シンガポールからのファムトリップ
成功の鍵は各地域がナンバーワンやオンリーワンを目指すこと
──コロナ禍でオンラインミーティングが普及しましたが、やはりリアルで現地に行くことのメリットは大いにありそうですね。
そうですね。たとえばドバイでは、現地で知り合ったメディア関係の方に、JNTOドバイ事務所の小林所長を紹介してもらい、実際に伊勢志摩エリアと隣接する奈良県を結びつけるような招聘事業の実施につながりました。やはり、そうしたキープレイヤーと出会うためには、どんどん現地に出ていく必要があるのだと思い知らされました。
また、リアルの良さという意味では、2023年度に実施したファムトリップでも、その重要性を痛感しました。伊勢志摩の暮らしや伝統文化など、総じて評価は高かったものの、やはり我々のような地元の住民では気づけない魅力を教えてもらえたり、逆に気をつけないといけないことも見えてきたりしました。
たとえば試食の際に、無自覚に使い捨ての容器を使っていたら、「それは富裕層の人は嫌がりますよ」と指摘してもらったこともあります。あるいは、観光施設を英語でご案内する際、あらかじめ吹き込んだ英語の解説動画を見ていただいたこともありましたが、「動画ではなく、生の人間の声で説明を受けたい」といった改善案を教えてもらったこともあります。
──最後に、高付加価値旅行の誘致に取り組む、全国の地域の方々へのメッセージをお願いします。
高付加価値旅行者の誘致を成功させるためには、各地域がそれぞれのナンバーワンやオンリーワンを出していく必要があると思います。逆に言えば、それができると日本全体のレベルアップ、魅力度の向上につながり、「日本に行きたい」という人が相乗効果で増えてくるのではないでしょうか。一緒に頑張っていきましょう!