2023年12月25日
サイクリングでニッポンの地域を元気に、 ディスカバー九州―CYCLING ISLAND KYUSHU-の挑戦(後編) ―地域と来訪者が一体となってサイクルツーリズムを育む阿蘇の取り組み
インバウンドにおいて、高まるコト消費への対応、地域の観光資源掘り起こし、SDGs、健康管理といった様々な観点から着目されているサイクルツーリズム。九州7県に沖縄・山口を加えた計9県が、ディスカバー九州―CYCLING ISLAND KYUSHU-を展開し、サイクルツーリズムの推進に力を入れています。 中でも、すでにサイクリストにも聖地と一部で呼ばれるほど人気があるのが、熊本県の阿蘇地域。阿蘇地域がどのようにサイクルツーリズムを推進してきたのか。自身も生粋の“自転車好き”である道の駅阿蘇駅長・NPO法人ASO田園空間博物館マネージャーの下城卓也さんにお話を伺いました。
(前編はこちらから)
自転車好きが集まった、阿蘇サイクルツーリズム学校「コギダス」協議会
─まず、阿蘇地域がサイクルツーリズムに力を入れるようになったきっかけ、経緯について教えてください。
日本全体の視点で見ると、2017年に自転車活用推進法が施行され、2018年に自転車活用推進計画が閣議決定されたことにより、観光立国実現の重点施策の一つとしてサイクルツーリズムが位置付けられたことが大きな転換点になりました。もっとも、阿蘇地域では、先駆けて「阿蘇×自転車」の魅力に着目していました。 私をはじめ、"自転車好き"が集まってきていたこともあります。阿蘇地域では2017年に阿蘇サイクルツーリズム学校「コギダス」協議会が管内の市町村や民間団体によって設立され、サイクルツーリズムの普及や観光振興に向けた取り組みが行われてきました。風光明媚な地形を活かした「ASO絶景満喫ライド」「RIDE in ASO」といった自転車イベント、また、周辺の地域活性イベントも人気を集めるようになってきていました。
阿蘇のサイクリングには、オンロードとオフロードの2つの魅力があります。安全で快適に走行できる道路空間の整備が進められた一方、道の駅阿蘇が環境省や阿蘇市に協力いただき構築した牧野(ぼくや)ガイド事業では、通常は許可がないと入ることのできない阿蘇の草原(牧野)でアクティビティー「牧野ライド」を開発するなど、ハード・ソフト両面でサイクリング環境の向上を図ってきたことが奏功したといえます。
カルデラのシンボル「阿蘇のえくぼ」米塚
阿蘇地域は、熊本のシンボルである阿蘇五岳があり、まさに大自然の宝庫です。火山地帯に多い湧水や温泉、放牧や野焼きなど自然との共生を図りながら継承してきた景観があり、平坦地からハードな山道など、様々なサイクリストが自分に合った楽しみ方を選べる点も、サイクルツーリズムが自然な形で醸成されてきた背景にあるでしょう。
サイクリストを受け入れる"空気感"をつくり出すことが大切
─地域の特性を活かしたテーマ性のあるニューツーリズムを浸透させるためには、中核となる組織の力も重要です。阿蘇サイクルツーリズム学校「コギダス」協議会は、阿蘇地域のサイクルツーリズムにとってどのような存在ですか。
協議会メンバーは、私のような「道の駅」をはじめとした地元の様々な団体から、地域住民の意見を事業に反映するために集まったチームです。阿蘇という豊かな土地を訪れる方々に、サイクリングを通して阿蘇の魅力を発信してもらうこと、また阿蘇にお住まいの皆さんにもあらためて好きなまちの魅力を発信してもらうことを目指しています。地域や来訪者が一体となってサイクルツーリズムを育んでいく、学校のような活動を行っています。
活動ビジョンとして、「Collaboration~地域のために協働で~」「Challenge~既存概念に捉われない新しいチャレンジ」「Customer~お客様視点~」「Commitment~ビジョン実現のためにやりきる~」の4Cを掲げています。地元のグルメスポットを巡りつつ阿蘇の絶景を楽しめるグルメサイクリング「たべコギ」や、先ほどお話した「牧野ライド」など、様々なコンテンツを開発してきました。
たとえば、JR阿蘇駅などで受け付けている「たべコギ」は、レンタサイクルと地元のグルメ引換チケットをセットにした取り組み。車では気付きにくい景色やまちの魅力を楽しむとともに、地元の人との会話も楽しめるとサイクリストの皆さんに好評です。また、牧野ライドの参加者は、草原維持に役立てる保全料を支払い、絶景を眺めながら特別な体験を満喫することで、価値ある自然を守り、草原を再生していくことに協力できます。
もっとも、最初から地域と来訪者が一体になっていたわけではありません。サイクルツーリズムの大きな課題の一つが、駐車場の問題です。旅行者のほとんどは車に自転車を積んで来られますが、阿蘇市内にはコインパーキングが少なく、商店の駐車場に勝手に止めて自転車で出掛けるケースもあったため、地元の人たちの心象は決して良くありませんでした。そこで、道の駅ではメイン駐車場とは別の場所にサイクリスト専用の無料駐車場(42台収容)を設置し、駐車許可証を発行することにしました。その駐車場に車を止めていただいた方には、温泉入浴料やソフトクリームの割引などの特典も提供しています。道の駅にはサイクリスト専用の更衣室もあります。
また、自転車で阿蘇の店舗や観光スポットに気軽に立ち寄ってもらいやすいように、バイクラックの設置も進めています。バイクラックというのはスタンドのついていないロードバイクなどの自転車を、サドルをバーに引っ掛けることでその場につるし、止めておくことのできる小さな鉄棒のようなもの。地元の高校である熊本県立阿蘇中央高等学校グリーン環境科と協力して、学校の授業の一環で手作りの木製バイクラックも製作しました。更衣室もバイクラックも、サイクリストの皆さんの立場になって考えた取り組み。サイクルツーリズムの推進には、"自分たちは受け入れられている"という空気感を、地元を巻き込んで作り出すのが重要だと考えています。
インバウンド誘致にはコンテンツだけでなくツアー開発を
─九州ではサイクリングを観光素材として国内外から訪れる旅行者を誘致するディスカバー九州―CYCLING ISLAND KYUSHU-の取り組みも始まりました。ディスカバー九州との連携、またインバウンド誘致の期待や課題についてどのように考えておられますか。
ツール・ド・九州2023の様子
特に、海外のサイクリストのみなさんは滞在期間が長いため、阿蘇だけでなく広域周遊を希望されることが少なくありません。「ディスカバー九州」が各地でサイクルツーリズムに取り組んでいる事業者たちをつなぐ推進ハブとして機能していくことを期待しています。また、2023年10月に開催された「ツール・ド・九州2023」は、地元の人たちに自転車をスポーツとして親しむ文化を印象付けた点でも効果があったと思います。
ただ今後、インバウンドを誘致していくためには、ターゲットを明確化するとともに、コンテンツをつくるだけでなく、ツアーとして売り込むことが重要だと考えています。そのため、地域限定旅行業も取得しました。着地型の旅行商品や体験プログラムを提供するためです。また、日本と海外では走行ルールも異なるため、通訳、さらに自転車や地域に精通したガイドの存在も欠かせません。サイクリング愛好者には会員制やサークルのような一緒に走るコミュニティーがあるため、一度満足してもらえるとリピーターにもつながりやすい。細やかな情報発信を心掛けるとともに、台湾、韓国などの現地の旅行会社と組んだ販売も強化していきたいですね。
(前編はこちらから)