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スイスに学ぶ、ロイヤルティある高付加価値旅行者をつかむ方法(後編)

スイスに学ぶ、ロイヤルティある高付加価値旅行者をつかむ方法(後編)

スイスに学ぶ、ロイヤルティある高付加価値旅行者をつかむ方法(後編)

これまで各自治体やDMOは外国人観光客をどれだけ多く呼べるかに注力してきましたが、そこからワンステージ上がって、今は、高付加価値旅行を楽しむ外国人観光客をどう集客するかに注目が集まってきています。自分たちが愛する地域を同じように愛し、余裕のある消費行動をする外国人観光客を招くためのノウハウについて、スイスと日本を行き来して、多くの観光・リゾート地の先進事例に携わってきた観光カリスマの山田桂一郎氏にお話を伺いました。

(前編はこちらから)

 

ポジショニングを明確にして、「だからここに行きたい」という理由をつくる

高付加価値旅行者を獲得するためには、どんなことが必要だとお考えでしょうか。

旅の基本は、異文化体験です。特に日本から距離的に離れていて、文化圏も異なる国や地域から来る人たちにしてみれば、食でもエンターテインメントでも日本で経験する多くの物事が「ここでしかできない」リアルな体験になります。そこに関して、日本には長い歴史と共に風習や伝統文化など各地にそれぞれアドバンテージがあると思ってください。その上で高付加価値旅行者を獲得しようとする場合、マーケティングの王道であるSTP分析を徹底することが基本になります。当地の市場を把握、細分化する「Segmentation(セグメンテーション)」、細分化した市場の中で自分たちがどの市場を狙うかを決める「Targeting(ターゲティング)」、そしてターゲットとした市場から見た自分たちの立ち位置を決める「Positioning(ポジショニング)」の3つがありますが、その中でも多様な嗜好を持つターゲットに選ばれるためのP(ポジショニング)を決めることが最も重要になります。

ポジションをとるということは、表現を変えると、地域が明確なテーマ・狙いを持ち、当地ならではの商品・サービスを高度化させるということです。「コレをするならココしかない」とお客様に選択してもらうための位置取りをすることでもあります。お客様が、あの場所にどうしても行きたいと言えるだけの理由づけ(お客様にとっての言い訳)を、街や地域・エリア側で提示する。そのためには地域性、個性、創造性を活かした「今だけ、ここだけ、あなただけ」の高付加価値なサービスや商品を用意する必要があります。それが徹底してできているデスティネーションがいったいどれくらい日本にあるでしょうか。

高付加価値旅行者を相手にする場合は、「この場所に行きたい」という確固たる理由づけができていれば、世界中のどの国のどんなタイプの人からでも選んでもらえる可能性が高くなります。

例えば、世界的な某ラグジュアリーホテルチェーンが多くのセレブリティから選ばれ評価されたのは、徹底的にローカルの特性を活かした上質なサービスがあったからです。最初のホテルでは、外国人を雇わずほとんど全てのスタッフを現地の人たちでまかない、交通の便の悪い辺境の地に建てられました。それなのにむしろそれが「ここでしかできない体験」につながり、当時の高級ホテルの相場の値段をはるかに超える宿泊料金だったにもかかわらず大人気となりました。こうした戦略が高付加価値旅行者を呼ぶためには必要だと思います。

山田さんは、日本に高付加価値旅行者を呼ぶための課題をどのようにお考えでしょうか。

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日本にも以前から一定の富裕層が訪れている

高付加価値旅行をする人がこれまでまったく日本に来ていないかというとそうではなく、以前から少なからず一定数は訪日していました。一部の旅館や飲食店には定期的にそうした人たちが通ってきているので経験に基づくノウハウがあるのですが、それを"個々という点"から"地域という面"へとどう広げていくかを今後は考えていく必要があるのではないでしょうか。

地域の外国人観光客市場をピラミッドとして考えた場合、今まであまり来てもらえていなかったピラミッド上層の富裕層にどうやって来てもらうか、仮説を立てて継続して検証していく必要があると思います。そのためには徹底した現状把握から始めるべきです。マネジメントの基本は「顧客は誰か」ということ。地域によってピラミッドの幅や高さも違えば、ターゲットとするトップの富裕層も変わってきます。漠然と高付加価値旅行者を想像しているだけでは、地域でどのようなピラミッドをつくるべきなのかも明確にならず、インバウンド戦略のターゲットイメージを持つことすらできません。ピラミッドの高さを引き上げるにも幅を広げるにも、まず現状の顧客のピラミッドがどんな形なのかを把握することが大切です。

地域の本質を理解し、掲げたテーマを徹底的に追求する

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伊勢おかげ横丁

現状を把握して、次にすべきことはなんでしょうか。

グローバルな富裕層市場に打って出るからこそのローカルな価値を活かすしくみと体制を構築することです。世界中を旅したジャーナリストの兼高かおるさんと一緒にエコツーリズムに関わっていた時、彼女から「日本には、北はアイヌ文化から南は琉球文化までさまざまな文化があって、本州だけをとっても、山一つ、谷一つ越えただけで似て非なる文化がある。異文化体験をたくさんできるのよね」とおっしゃっていたのをよく覚えています。当地ならではの生活文化を本質的な価値として活かさない限りは、旅行者の心を掴むこともできないのではないでしょうか。

ローカルの本質的な価値を活かすためには、自分たちの足元を深堀することで当地にとって何が最も大切なものなのかを理解した上でカタチにするしかありません。有名なシェフのいるオーベルジュを一軒つくったり、別の地域で人気のある飲食店や宿泊施設をもってきたりしても、短期的には人が来るかもしれませんが、それだけでは地域とお客様の間で長期的に価値を共有することやロイヤルティを結ぶことは出来ないのです。

以前、海外の某不動産王が、伊勢のおかげ横丁をすごく褒めたことがありました。実は横丁内の建物は外観だけを昔風にした張りぼてではなく、見えないところにこだわり、お金をかけて整備しています。彼は歴史的な建造物にも詳しいので、そのこだわりがよくわかる。郵便局や銀行などの建物も外観を揃え、街並も無電柱化と石畳などの景観にも配慮しています。提供されている食事や商品も三重県産のものだけを限定しているので、ハードとソフトの両面で地域ならではの価値があり、どこにこだわっているのかという意図を見抜いていました。しかしこれを行うためには、地域の人たちが自分たちの地域の本質的な価値を理解するだけでなく、地元に根差した思想や哲学、美学となっていなければ継続した活動にすることはできません。苦しい時が訪れたら、人はどうしても易きに流れてしまうからです。

私は地方の講演やセミナーなどで、「ここで生まれ育った人たちに、自分たちの先祖がなぜこの地域に住み着いたのか、その理由を考えてみてほしい」とよく問いかけます。食べ物がとれた、商売ができた、その他いろいろな理由があると思うので、それらを聞いてみる。もしくは「今はこの地にあるけれど、なくなってしまったら当地に住む理由がなくなるもの」を考えてもらう。聞き方はいろいろですが、その土地の本質な価値を理解しようとせずに、表面的な観光商品だけつくり、高付加価値なお客様に来てもらったとしても、高いロイヤルティを持ってもらうところまでは決して行きつきません。地域の人たちが本当に大事にしているものでない限りは、外の人たちは誰も共感しないし、理解しようともしないでしょう。そういう意味で言えば、異文化の極みであるお祭りが多くの観光客を魅了する理由はそこにあります。例えば、青森のねぶた祭りであれば、その価値を理解しているからこそ特別な桟敷席に百万円を出す人さえいるのは、こうした理由があるからなのです。

地域の本質的な価値を理解することのほかに、注目すべきことがあれば教えてください。

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リゾートでも本格的な環境配慮は必須

日本でもレスポンシブル・ツーリズムやサステナブル・ツーリズムという言葉をよく耳にするようになりました。高付加価値旅行者は、地域の人たちが環境に対してどのような取り組みを実践しているのかにとても関心があります。約60年も前から電気自動車と馬車しか走らず、建設や建築条例も厳しいツェルマットは、環境への取組を早い段階から長年続けてきたということでお客様から信用・信頼され、人気を維持しています。以前、5つ星ホテルのトイレで漂白剤を使った真っ白なトイレットペーパーを使用していると「環境への配慮が足りない」と指摘されてしまったことがありました。取り組むなら徹底することが大事で、生半可ではいけません。アジアのリゾートにしても、人気のエコロッジでは雨水を濾過して再利用したり、太陽光を使って発電したりするのは当たり前です。部屋にエアコンも無く、キャンドルの灯りだけで食事をすることになっても、環境に対する意識が高い人にはむしろそれが喜ばれます。

日本には昔からエコシステムが整っていて持続可能なライフスタイルを持ち続けてきました。また、「もったいない」という言葉を持つ国ですから、昔はゴミという概念がないくらい、いろいろなものを有効活用することが得意だったのです。環境対策を推進するにしても、単にリサイクル・リユース・リデュースなどを実践するだけに留まらず、日本の生活様式を活かした質の高いサービスを提供することにより、お客様から信用されることにつなげることがいいと私は思っています。せっかく日本を旅行先として選び、滞在していただくのならば、徹底的に日本らしさと地域らしさを貫くことも重要だと考えています。

―最後に、高付加価値旅行者の誘客に取り組む全国の自治体、DMOの方々にメッセージをお願いします。

これまで取り込めていなかった富裕層の誘客にチャレンジするのであれば、担当者や経営者は旅に出ましょう! これはマーケティングの「3C分析」にも関係するのですが、誰が自分たちのお客様(Customer)で、どこと自分たちが競合するのか(Competitor)を把握しないうちから、ああでもない、こうでもないと言っても仕方ありません。自分たち(Company)の現状を把握するためにも、まずは旅に出ることです。自腹で旅行しなければ、観光客の気持ちはわかりません。旅に出たからといって富裕層のような旅ができるわけではありませんが、私がよく大学の教え子たちに言うのは、「その街にある一番のホテルで朝食を食べ、夜はバーラウンジに行ってドリンク一杯で粘ってでも、そこにいる客と話してきなさい」ということ。それくらいなら自腹でもできますし、それだけでもお客様の気持ちとその土地に対する思いや事業者のこだわりや取り組みなどの片鱗が見えるはずです。旅に出て、そこから一歩を始めてみたらいかがでしょうか。


山田桂一郎

1965年、三重県津市生まれ。

JTIC.SWISS 代表  スイス ツェルマット観光局、クラン-モンタナ観光局、ヴェルビエ観光局、ヴァレー州観光局 元日本市場プロモーション担当  観光カリスマ百選(内閣府、国土交通省、農林水産省認定) 総務省地域力創造アドバイザー  内閣官房地域活性化伝道師  内閣官房クールジャパン地域プロデューサー 環境省環境カウンセラー  日本エコツーリズム協会理事  まちづくり観光研究所主席研究員  地域経営支援ネットワーク ComPus 研究員  北海道大学観光学高等研究センター 客員教授  和歌山大学南紀熊野サテライト 客員教授  奈良県立大学客員教授  にっぽん炊き込みごはん協会代表 等

 

(前編はこちら)

 

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