HOME JNTOの事業・サービス 地域インバウンド促進 インバウンドノウハウ

スイスに学ぶ、ロイヤルティある高付加価値旅行者をつかむ方法(前編)

スイスに学ぶ、ロイヤルティある高付加価値旅行者をつかむ方法(前編)

スイスに学ぶ、ロイヤルティある高付加価値旅行者をつかむ方法(前編)

これまで各自治体やDMOは外国人観光客をどれだけ多く呼べるかに注力してきましたが、そこからワンステージ上がって、今は、高付加価値旅行を楽しむ外国人観光客をどう集客するかに注目が集まってきています。自分たちが愛する地域を同じように愛し、余裕のある消費行動をする外国人観光客を招くためのノウハウについて、スイスと日本を行き来して、多くの観光・リゾート地の先進事例に携わってきた観光カリスマの山田桂一郎氏にお話を伺いました。

スイスと日本の観光地づくりの違い

ー欧米を中心とした国々の高付加価値旅行者は、旅行についての概念が、日本人のものとはまったく異なる印象があります。それはどうしてなのでしょうか。

日本における観光旅行の原点は、江戸時代にブームが起きたお伊勢参りや富士山詣でと言われています。日常の暮らしの中に旅を楽しむことを取り入れたのは一般大衆でした。近現代に入っても観光の中心にいたのは、一般の国民です。大勢でツアーを組み、温泉地に行くような団体旅行が日本の観光を牽引してきました。

一方、欧州で旅行という文化を最初に享受したのは、大衆ではなく貴族でした。典型的なのがグランドツアーと呼ばれる旅で、これは英国の貴族の子弟が社会に出る前に見聞を広げる目的で家庭教師や召使いと出かけるというものです。旅はお金と時間に余裕があり、かつ教養ある人がするものでしたから、観光業に従事する人たちは、こうした人々に適したサービスを提供しなければなりませんでした。私が拠点を置くスイスのツェルマットでは、このような英国貴族と長く接してきたローカルの人々がとてもきれいなクイーンズイングリッシュを話したりします。どちらが良いか悪いかという問題ではなく、旅の始まりや市場を形成してきたのが貴族という富裕層なのか、大衆なのか、その違いが欧州と日本にはあるのだと思います。

ー山田さんが拠点を置くスイスでは、どのような観光地づくりが行われているのでしょうか。

pixta_88907714_M.jpg

スイスの街並み

スイスは九州とほぼ同じぐらいの面積(約4万1千キロ㎡)の小さな国で海が無く、マッターホルンやモンブラン、ユングフラウヨッホといったアルプスの山岳地帯が国土の大半を占めています。どの地域にも山岳部として似た環境下にあり、資源的にも貧しいからこそ、スイスの人たちは他の地域と競合しないように観光戦略を考えています。

例えば、ツェルマットは、マッターホルンのお膝元というわかりやすいアイコンがあり、夏はハイキングやトレッキング、冬はスキーやスノーボードを楽しむ旅行者がたくさん訪れますが、それだけを売りにしているのではありません。ツェルマットの街の中を走る乗り物は、電気自動車と馬車、自転車のみ。澄んだ空気と静かな環境で、サステナブルに配慮した街として早くから注目を集めてきました。

一方、スイスの東に位置するサンモリッツは、ツェルマット同様の上質なアルペンリゾートですが、静かさよりはもう少し賑やかな雰囲気を好む人に支持されています。移動手段もツェルマットに来るには基本的に登山列車のみで車の乗り入れは不可です。ヘリポートはありますが飛行場はありません。サンモリッツには飛行場があり自家用飛行機や自家用ヘリも積極的に受け入れています。街中も高級レストランやブランドショップが立ち並ぶちょっとスノッブでアクティブな印象の街です。他にも、サンモリッツと同じ州にあるダボスは別荘族が多い地域で、毎年世界経済フォーラムが開催されてグローバル企業やメディアの人々が集結します。このようにスイスでは地域ごとに個性を活かし、それぞれが他地域と被らない特徴を持った観光・リゾート地づくりをしています。

一方、日本ではロールモデルをつくって横展開し、同じパターンのまちづくりが多いように思います。どれだけ良い事例の地域であってもコピーをすればするほど似たような地域ができるだけで競合が増えることになり、特徴も薄れてしまう。高付加価値旅行者の多くは、お金も時間も教養もあり、成熟した社会経済や文化を背景に、嗜好も多様化しています。こうした人たちは自分の要望を達成するためにオリジナルなサービスを受けたいものですし、特別感を求めています。彼らをターゲットにする場合は、「ここにしかない」体験ができることが大前提ですから、他地域を真似て横並びのまちづくりをすることは、真逆のことをしていると言えなくもありません。

ロイヤルティを追求すれば、街全体のサービスが向上する

ツェルマットはリピーターが多く、消費額も年々上がっていると聞きます。どうしてそれが可能だったのでしょうか。

当然ですが、旅先での滞在中に受けるサービスに満足しなければ、観光客がその地に戻ってくることはありません。他にも魅力的な観光地がたくさんある中で、同じ場所に再び行くこと自体ハードルが高いことですし、しかも二度目となると初めて来た時よりも期待値が高くなっているので、迎える側はそれを超える必要もある。マーケットインを徹底したとしてもどんどん高くなる要望に応えるのは並大抵のことではありません。

ではどうするかというと、お客様にツェルマットに対するロイヤルティ(愛着)を高めていただく、それが一つの答えです。ツェルマットにただ満足するだけではなく、もっとツェルマットを好きになってもらう。「ツェルマットに愛着があるからこそ、第2の故郷のように何度も通うのだ」というファンを増やすのです。

ツェルマットでは20年間、20回訪問すると"ロイヤルゲスト"として認定されます。毎週、観光局が主催する認定式では、目録などと一緒にマッターホルンを象ったゴールドバッジをお渡ししています。お客様には滞在中、目につきやすい場所にバッジをつけていただくのですが、そうすると誰から見てもその人がロイヤルゲストだとわかる。昨日今日働きはじめたウエイターでもわかるので、彼らに対して初対面でも挨拶が「ハロー」だけではなく「ウエルカムバック(おかえりなさい)」と言うこともできます。また自分の店の常連でなくても、ゴールドバッジをつけている人には特別な応対が可能です。レストランで一番眺めの良い特等席にかかったリザベーションの札をさっとどけて「どうぞこちらに」と案内できる。それはお客様の大きな優越感と満足度の向上にもつながります。

ゴールドバッジの効果は、サービス業の人たちだけでなく住民にも現れます。20年で20回も通ってきてくれた人だとわかればコミュニケーションの仕方も自ずと変わり、身内に話しかけるように接してくれます。そんな人たちの姿を見たら、「自分もロイヤルゲストになりたい」と思う人も増えるのではないでしょうか。

他にもロイヤルティを持ってもらうことの利点はありますか。

pixta_95508809_M.jpg

スイスのスキー場

 

15の法則」とよく言いますが、新規顧客に販売するコストは、既存顧客へ販売するコストの5倍かかるとされ、新規のお客様よりリピーターを獲得する方がコストも労力も低くてすみます。またロイヤルティの高い人は少々値段が張るものでも、売る側を信頼してモノやサービスを購入する傾向があります。飲食店を例に考えてみてください。馴染みの飲食店の大将から「今日、良い魚が入ってるよ」と言われたら、信用しているからこそ魚や値段も見ずに「食べる」と言ったりしませんか。良い意味でのプロダクトアウトが可能になります。もちろん値段に見合わないものを売るのは言語道断ですが、一般のものより質が高いものをそれに見合った値段で売りやすくなるので、客単価を上げられる。さらに食でもそれ以外でも、ロイヤルティが高い人を満足させるためにサービスをする側も質の高いものを追求するようになる。それが地域全体のサービスを高め、新規の客が「ツェルマットは素晴らしいリゾート地だ」と思うことにつながり、良いスパイラルが生まれます。ロイヤルティを持った人を増やすということには、こうした様々な利点があると思います。

コロナ禍でもロイヤルティによって、人の動きが変わりました。コロナ感染が広がった最初の年、EU諸国では全てのスノーリゾートにあるスキー場を閉鎖しましたが、その中でスイスだけが感染対策を徹底しながら営業したことで、多くのスキーヤーやスノーボーダーが集まりました。しかも、顧客満足度も高く、サービスも評価されました。しかし、昨年から他の国のスキー場が再開し出すと、彼らの多くは各自のロイヤルティのあるスキー場へと帰ってしまったのです。スイスのスノーリゾートとスキー場に対して満足していたはずが、満足するだけではリピーターになり得なかったのです。満足以上のロイヤルティを持ってもらうというのは、観光・リゾート地にとって何にも代え難いとても大切なものなのだということがわかります。

長い目でロイヤルティある顧客を育てよう

一朝一夕にはいかないと思いますが、訪れた人にロイヤルティを持ってもらうためにどうしたらいいのか、なにかヒントがあれば教えてください。

先ほどツェルマットには、20年間20回来訪するとロイヤルゲスト認定があると説明しましたが、欧州の古いリゾート地にはもっと長く、何十年も同じ場所に毎年通い続けるような人たちがいます。ヨーロッパにはバカンス文化があり、家族で長期休暇に出かける人たちも多く、親・子・孫の3世代で出かけるということも珍しくありません。世代を超えてそれぞれが楽しむことができるリゾート地が整備されているからです。例えば、親世代はホテルの部屋で読書をしたり館内のアクティビティに参加したり、子の世代はスキーなどのアウトドアアクティビティを楽しみ、孫たちはキッズガーデンで過ごしたりします。そしてランチの時間になったら、山の中腹にあるレストランにみんなが合流して、一緒に美しい山の景色を見ながら食事を楽しむのです。レストランまでは、親は登山電車で、子どもはスキーのリフトで、孫はキッズガーデンの職員がレストランまで連れてくる、そんなこともできます。このように幼い頃から家族で訪れ楽しい時間を過ごした場所に対しては、ロイヤルティを持ちやすくなると思います。

振り返るとこうしたことはスイスだからできたことではなく、日本でももちろんやってきていたことで、なにも特別なことではありません。「家族でよく行くお店がある」、それと同じことです。ただ日本ではそれが一部の宿や飲食店だけで行われていて、地域としてあまり取り組まれていない。ツェルマットのように、まちやエリア全体でロイヤルティの高いリピーターを育てるための取組ができればいいのだと思います。

JNTOのシンガポール事務所では、最近SNSを使い日本のファンをつくろうという試みをしていますね。これはとてもうまく機能しているように思います。

Home-JAPAN-By-Japan.png

訪日ファンコミュニティサイト JAPAN by Japan

訪日に関心のある層をコミュニティサイトの会員として獲得して継続的な情報発信をし、会員の誕生月にはクーポンなどのプレゼントをつけてお祝いメールを送付したりして、ロイヤルティの向上を図っている。訪日時にこのサイトにアクセスした時や、シンガポールで実施されるJNTOのイベントに参加した時などにはポイントが付与され、ポイントの蓄積でステータスが上がると限定イベントに参加できる。どんどん日本に興味を持つことにつながっていると感じます。こうした仕組みは、日本という広い地域だけでなく各地域でも構築できれば、もっと各地域に対するロイヤルティを高めることができるのではないかと考えます。

 

(後編に続きます)

 

関連記事を読む