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上質な観光サービスを求める旅行者のニーズに対する日本の地域の可能性(前編)

上質な観光サービスを求める旅行者のニーズに対する日本の地域の可能性(前編)

上質な観光サービスを求める旅行者のニーズに対する日本の地域の可能性(前編)

JNTOが2017年に欧米豪5市場*に対して実施した調査(2016年のクレジットカードの取引データに基づいて分析)では、欧米豪5市場の富裕旅行者は約340万人で旅行者全体のわずか1%程度ですが、旅行消費額は約4.7兆円で約13.1%を占めています。この340万人のうち、訪日富裕旅行者のシェアはまだ低いのが実情ですが、今後の戦略次第では日本における富裕旅行市場は成長の可能性に満ちていると言えます。上質な観光サービスを求め、これに相応の対価を支払う富裕旅行者の需要獲得に向けて、インバウンド事業に携わる自治体やDMOの担当者は、どんな点に留意して準備を進めると良いのでしょうか。富裕旅行市場に精通した株式会社クリル・プリヴェFounder & CEOの髙野雅臣氏にお話を伺いました。*米国、英国、豪州、ドイツ、フランス。

後編は下記の記事でご覧いただけます。

富裕旅行者の定義や志向、旅行の行動タイプ

―「富裕旅行者」とは、具体的にどのような人々を指すのでしょうか?

「観光産業において、富裕層の定義は明確にされていないのが現状です。一般に金融市場においては『総資産100万米ドル以上保有する層』を富裕層と定義しています。この層の旅行形態を捉えて富裕旅行と呼んでいます。富裕層情報会社のレポートによると、富裕層の人口規模は世界全体で約2,270万人と言われています。

JNTOでは、富裕層について『費用制限なく満足度の高さを追求した高消費額旅行を行う市場』であること、定量・定性調査を基に『旅行先における消費額が100万円以上/人回』であることと定義しています。さらに富裕旅行者の志向に基づいて、従来型の『Classic Luxury志向』と新型の『Modern Luxury志向』というふたつのセグメントに分類しています。Classic Luxury志向の人たちは、旅行において『高い快適性』『サービスの質の高さ』『ステータスシンボル』などを求める傾向があるのに対し、Modern Luxury志向の人たちは、文化や独自性に重きを置く価値観を持ち、自分が興味・関心を持っているものに関しては徹底的にお金を使うが、自分が価値を見出していないものについてはお金を使わないというタイプです」

「JNTOマーケティング研修会(2019年度)」講演資料より抜粋

 

JNTOマーケティング研修会「富裕旅行市場の動向と市場拡大に向けた取り組み」のレポートは下記の記事でご覧いただけます。

―観光庁の調査も参考になるようですね。

「観光庁の『上質なインバウンド観光サービス創出に向けた観光戦略検討委員会 』の報告書では、多様な価値観、動機、目的を持つ富裕旅行者について、海外の富裕旅行者本人、有識者などからのヒアリングをベースに、旅行時の心理状況に着目して4つの行動タイプに分類しています。

①Aesthetics seeking moments(自分自身の美意識の追求)
②Entertainment seeking moments (刺激的なアクティビティの体験を主とした娯楽・楽しみの追求)
③Truth seeking moments(人生観が変わる、新たな人生の価値観を見出す体験、経験を求める真理の追求)
④Discovery seeking moments(旅行先の国・地域の伝統や儀式の真髄を知り、浸るとともに、家族や友人との貴重な時間の共有を求める新たな発見・体験の追求)

この4つの行動タイプのうち、世界トレンドでは2030年までに『③Truth seeking moments』『④Discovery seeking moments』において成長が見込まれています。これは、地域ごとに異なる多様な文化があり、自然、食、季節感など楽しむ要素が多彩な日本にとっては、追い風であるといえるでしょう。日本の地方に数多く存在する、これらのタイプに該当する地域コンテンツを磨き上げることによって、地方への誘客が進んでいくと思われます」

観光庁上質インバウンド観光戦略検討委員会資料をもとにクリル・プリヴェ作成

 

日本の地域は富裕旅行市場で高いポテンシャルを持つ

―世界の富裕旅行市場の動向について教えてください。

「観光庁の上質なインバウンド観光サービス創出関連事業において、コンシェルジュ、ホテルの総支配人といった海外のラグジュアリー観光産業関係者約100人を対象にヒアリングを行いました。この調査では、興味深い結果が見えてきました。

欧米豪の富裕旅行では、初めて日本を訪れる旅行者が多数を占めています。富裕層の多くがコロナ終息後の海外旅行先として日本を検討していて、コロナ禍でもWebサイトで情報収集をしたり、アドバイザーとのオンライン交流を行った結果、『日本を旅行するなら、東京、京都、大阪といった有名観光地より、地方にこそ本当の魅力があると感じている』というのです。近年は各地方自治体が魅力的なオリジナル動画やSNSなどを通じて地域の魅力を精力的に海外発信しています。こうした地道な活動が功を奏しているのだと思います。

先ほど、『Classic Luxury志向』と『Modern Luxury志向』というふたつのセグメントを紹介しましたが、とりわけ、『セレンディピティ(偶発的に起きる各々の人との出会いや交流、予想外の発見や体験)こそ真のラグジュアリーである』ととらえるModern Luxury志向の層にとって、日本の原風景との出会い、地域の人たちとの思いがけない交流などが期待できる地方への旅は、魅力的に映っているようです。旅行のスタイルも、『多くの観光スポットを周遊するのではなく、地方に滞在して、その土地を深く味わいたい』と考える人たちが増えているようですね。

特に近年は、環境や社会に配慮したサステイナブルな旅や、訪問先地域の文化、自然保護に配慮したアドベンチャーツーリズムなどのニーズも高まっています。『ミレニアル世代』『Z世代』と呼ばれる20~30代において、その傾向は顕著です。富裕層情報会社Capgeminiの「Global HNW Insights Survey」によると、2018年以降、富裕層における『30代以下の若年層』の構成比が約半分を占め、今後も増加することが見込まれています。将来的に高い購買力を持つことが期待されるため、今からこの層の迎え入れを検討することは、インバウンド戦略の重要なヒントになるでしょう」

―富裕層に対して、日本、そして日本の地域はどんなポテンシャルを持っていると考えられますか?

「富裕旅行市場を開拓する上で、日本は極めて高いポテンシャルを持っていると感じています。長い歴史を背景とする伝統文化をはじめ、富裕旅行者が好む現代アートなどの芸術、建築、工芸、デザインのレベルも高い。さらに、食の水準は、ミシュランガイドで数多くのレストランが星を獲得していることが示すように、和食、フレンチからラーメン、スイーツまでバラエティーに富み、世界最高レベルです。しかも東京、京都、大阪だけでなく、地方にも五感を刺激する魅力的で多様な食文化が存在しています。

特に近年では、地方に大きな可能性があると感じています。旅慣れた富裕層の多くは、実際に旅行に訪れたソサエティ仲間からの口コミやSNSを通じて、『日本の地方には、魅力あふれる美しい風景と地域特有の文化がある』と気づき始めているのです。富裕旅行者の旅行アレンジを行うトラベルアドバイザーからは、『日本全国を巡るには数年必要だと思えるほど、魅力的なエリアが多い』という声も聞かれます。それほど多様性が豊かで、まだ知られていない『美しい日本』が数多くあるということでしょう。

海外の富裕層たちは、家族や仲間たちと価値ある時間・体験を共有し、豊かなQuality of Lifeを求めて日本へやってきます。日本が持つポテンシャルを最大限に生かすためには、従来型のマスツーリズムの観光コンテンツではなく、『本物』を提供する独創的なコンテンツの開発が必要だと思います」


株式会社クリル・プリヴェ Founder & CEO 髙野 雅臣
大手ホテルで要職歴任の後、代議士秘書に。その後Preferred Hotel Group日本代表、2011年に株式会社クリルマネジメント創業、その後、株式会社クリル・プリヴェを創設。観光庁上質インバウンド観光戦略検討委員会有識者委員、観光庁インバウンド富裕層滞在促進 タスクフォース委員、東京観光財団富裕層観光促進アドバイザーなどを歴任。


後編は下記の記事でご覧いただけます。