2018年7月17日
地方を旅する欧米豪旅行者の「日本食体験」の実態~JNTO自主調査レポート(番外編)~
「地方誘客に向けた欧米豪市場からの8つの訪日旅行者タイプ」を導き出すために立ち上げた「JTOC(Japan Travel Online Community)」の特徴は、時間・空間的な制約を受けずに、訪日旅行についての意見を丁寧に聞くことができる点です。JTOC調査によって、私たちは日本の地方旅行経験のある欧米豪の訪日旅行者の声を多く集めることができました。その中には、今日からでも取り入れることができそうなアイデアのヒントも多数ありました。そこで当レポートでは、JTOC調査によって得られた、地方を旅する欧米豪の訪日旅行者たちの生の声、その中でも特に「日本食」に関する体験談やコメントを紹介していきます。
「日本食」というテーマは、食事を提供する飲食店や宿泊事業者だけでなく、地域の食材生産者、加工品やお土産等の物販事業者、アクティビティの事業者等、様々な立場の方に関わりのある領域です。そのため、訪日旅行者の食体験の事例ひとつをとっても、様々な発見があるのではないかと考えます。
要約
1.欧米豪の地方旅行者が言う「日本食体験」とは、人気の料理を食べるために行き先を決めるようなことではなく、訪れた土地ごとの食を楽しむこと。人気の食コンテンツを持たない地域でも「日本食」で訪日旅行者を呼び込める可能性がある。
2.「日本食体験」は食事そのものだけでなく、酒蔵めぐりや料理教室など、関連する体験と掛け合わせることでより魅力的な観光コンテンツとなり、消費増につながる。
3.日本食に関する情報源について、旅行前は「Trip Advisor」「Japan-guide」「tabelog」「gurunavi」等。旅行中は「デパ地下」「道の駅」「ホテルの朝食ビュッフェ」などリアルな場所でも情報を得ている。
4.欧米豪の訪日旅行者は飲食店の予約をしないが、一方で「ファミリー旅行」「地方への旅行」の際は予約をしている。訪日旅行者向けの情報発信や予約対応は、地方こそ有効。
5.欧米豪の訪日旅行者は飲食店でメニューが読めず困っている。リピーターはgoogleの写真を使うなどして注文しているが初心者は飲食店に行くことをあきらめる場合もあり、「外国人がわかるメニュー」を用意することで集客につながる。
6.客観的な調査データのみならず、顧客である訪日旅行者の主観的な意見や旅行実態を理解することで、顧客の顔が見え、インバウンド対策を立てやすくなる。
1.地方を旅する欧米豪旅行者の「日本食体験」
・日本食を取り巻く状況
2013年に「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されたことをきっかけに、日本食はかつて無いほどに世界中の注目を集めています。ユネスコ登録以降、世界各地の日本食レストランの数は増え続け、2017年には2013年の2倍の約11万8,000店となっています(図1)。
図1 海外の日本食レストラン数の推移
農林水産省「海外における日本食レストランの数」(H29)参照
日本食レストランの増加によって、世界中の人々が日本食に触れる機会は増えており、その人気はインバウンドでも顕著です。観光庁の「訪日外国人消費動向調査」(H29)によれば、「外国人旅行者が訪日前に期待していたこと」「実際に行なったこと」ともに「日本食を食べること」がトップで、実に91.2%の訪日旅行者が日本での食体験に満足したと回答しています(図2)。
図2 訪日前に期待していたこと、今回したこと
観光庁「訪日外国人消費動向調査」(H29)
このように、重要な観光資源である「日本食」ですが、実際のところ、私たちは訪日旅行者の日本食体験の実態についてどれだけのことを知っているでしょうか。例えば同調査では「訪日アメリカ人が最も満足した食事は寿司だ」ということはわかるものの、「なぜ」満足したのか、「いつ」「どこで」「誰と」食べたのかといったことはわかりません。
今回の自主調査の結果を見ると、「寿司」一つを取り上げてみても、ガイドブックや口コミサイトを基にして人気の寿司店や築地を体験として訪れる人もいれば、寿司を扱ったドキュメンタリーやテレビ番組を見て研究し、寿司を訪日旅行のテーマの一つに捉えて連日予約を入れる人もいました。ひとりの旅行者が、ある時は自分を寿司好きにしてくれたお店を一人再訪し、またある時は自分の息子に「本物の寿司を食べさせてあげたい」という想いで寿司屋を選び、満足しているケースもあります。また、回転ずしを楽しむ人は、寿司そのものだけでなく、様々な自動化装置をも楽しんで動画撮影していました。
訪日旅行者の日本食体験を「寿司」「ラーメン」といったカテゴリーとして整理するのではなく、前段のように「どのように寿司を体験したか」という「消費の仕方」を紐解くことで、顧客理解が進み、より顧客満足の高いサービスや情報を提供するには何が必要かを検討できるでしょう。寿司以外の飲食店等でも、自分達の商品に置き換えてみると、彼らが求めているモノ・コトについて工夫できる点があるのではないでしょうか。
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・「日本食体験」に関する思い込み
たとえば、日本食を食べることは訪日の目的としても常に上位にあり、食は地方誘客ための重要なコンテンツです。当然、各地の観光プロモーションでは地域の食の魅力をアピールされているかと思います。
しかし、私たちがJTOCに投げかけた「日本での訪問地をどのように決めているか」という質問に対し、「食(特定の料理)を目的・理由に目的地を決めている」という回答は予想に反して全体の5%程度でした。
回答したメンバーが日本食に興味がないわけではありません。日本食についてのフリーディスカッションでは「人気の寿司屋をハシゴしている」「和牛の衝撃が忘れられない」「チェーン店でも料理が信じられないクオリティ」等のポジティブなコメントが溢れ、むしろ日本食への興味・関心が強いことがわかります。
・地域を選ばない「日本食体験」
「日本で一番したいこと・興味のあることは日本食を食べること」なのに「日本食を目的に訪問地を決めない」という実態をどう解釈したらいいでしょうか。地方を旅している欧米豪の訪日旅行者の多くは、何かを食べるために訪問地を選ぶというより、訪れた土地ごとの食事を楽しんでいるくらいに捉えた方が良いのかもしれません。
JTOCのディスカッションにその裏付けになりそうなコメントが散見されます。「日本食のすばらしいところは、その多様性」「どの地方にも、その土地ならではの料理があり、さらに季節によってスペシャリテ(代表的なメニュー)が変わるので何度来ても発見がある」「訪問した土地で新しい郷土料理や食材に出会うことが楽しみ」といったものです。
現時点では仮定の域を出ませんが、これが欧米豪の地方旅行者のひとつの実態を示しているとすれば、訪日プロモーションにおいては「食」に偏ることなく、地域の様々な観光資源と共にバランスよくPRするほうが効果的かもしれません。そしてこの仮説から、和牛やうなぎのような人気の食コンテンツが無い地域でも、「日本食」を楽しみたい訪日旅行者を呼び込める可能性が見えてきます。
例えば、食は食べる以外にも楽しみ方があります。地方を旅する欧米豪の旅行者たちは各地で酒蔵やワイナリー、ブリュワリーを巡るツアーや、果物狩り、さらに食品工場の見学にまで積極的に参加しています。これら食にまつわるコンテンツは、ガストロノミーツーリズムにも通じる、地域で作ることができる観光コンテンツと言えます。
さらに欧米豪の訪日リピーターの間では、日本の料理教室に参加するということが定番化しつつあるようです。学ぶ内容は寿司握りやそば打ちのような体験ものから、ダシのとり方やお好み焼きの焼き方、焼きおにぎりの作り方、和菓子作りといった本格的なものまで様々です。
料理教室が注目される背景には、ヘルシー志向の欧米人による日本食人気があります。日本に何度も訪れているリピーターたちは、日本への愛着も相まって、日常生活に和食を取り入れたいと考えており、本場のレシピを学ぶために料理教室に訪れるのです。
このように、食事単体ではなく、関連する体験を掛け合わせることで、訪日旅行者にとっての日本食体験はより豊かなものとなり、その対価としての消費増が見込めます。
2.日本食に関する情報収集
・旅前の情報源
訪日旅行者の情報源については、すでに様々な調査が行われています。リピーターになるほどガイドブックは使わず、更新性の高いSNS、ブログ、ウェブサイトといったデジタルメディアで情報を収集しています。そこで、欧米豪の地方旅行者は具体的にどのメディアをどのような用途で使っているのかをJTOCで聞きました。
旅前に利用するメディアとしてまず名前が挙がったのは、「Trip Advisor」「Japan-guide.com」でした。主な用途はユーザー掲示板等で訪日経験者同士の情報交換をするためです。専門メディアでは日本人の口コミを参照するための「tabelog」、メニューの情報を参照するための「gurunavi」が挙がりました。その他、国内外の様々な観光情報メディアが利用されていました。
彼らの共通の悩みは旅前に探せる情報の信頼性です。検索できる情報は増えているものの玉石混交のため、最近日本に行ったという体験者の口コミや、更新性の高いオフィシャル情報が欲しいとコメントしています。
・地方で必ず訪れる情報スポット
前段のような理由で、欧米豪の訪日旅行者のレストラン探しは最終的には現地調達となるケースが多いようです。彼らはユニークな方法で情報収集をしながら地方での日本食体験を満喫していることがわかりました。
あるオーストラリア人は、地方で名産品や郷土料理を探す際、必ず現地の「デパ地下」を訪れるそうです。地方都市のデパ地下には地元の特産品のコーナーがあり、そこで見つけた食材や料理を調べ、何を食べるかを決めるのです。これには他のJTOCメンバーも「是非試したい」と評価が集まりました。同じような理由で彼らは「道の駅」のヘビーユーザーです。地域の旬の食材や名産品が揃った道の駅は、有力な情報収集の場であり、ヨーロッパのマルシェのような魅力ある観光スポットのようです。
また、「ホテルの朝食ビュッフェ」で地域の名物を見つけるという意見も複数ありました。各地の宿泊施設では、地元食材や郷土料理を提供し、差別化を図っているのを目にします。朝のビュッフェは多くが食べ放題なので、いろいろと試食することができ、お気に入りの料理を見つけられる、と訪日リピーターには大変好評でした。意外なスポットが訪日旅行者と地域との接点になり得るという実態が垣間見えました。
・都市部と地方で異なる飲食店の探し方
JTOCに参加した欧米豪の訪日旅行者は、レストランを決めるのは基本的に現地で、旅前や旅中での事前予約は極力避けたいと考えているようです。「日本には予約をしなくても飲食店はいくらでもある」というのが彼らの基本的な認識です。
ただし、これには条件が大きく2つあります。ひとつは「都市部であること」、もうひとつは「ファミリーでないこと」。逆を言えば、地方を旅する場合やファミリーで旅をしている場合は、比較的予約をするのです。なぜなら、地方では都市部に比べて飲食店の数が少なく、運が悪ければ不慣れな土地を歩き回ることになりかねないからです。こうした実態から、都市部よりむしろ地方の飲食店のほうが、情報発信によって訪日ファミリー層の集客を見込めるという仮説が立ちそうです。
3.最大の難関はレストランでの注文
・日本語メニューが読めない
日本食を食べることを楽しみにして日本に来た旅行者の最大の困りごとは「注文ができない」ことでした。観光庁調査によれば、日本に来て困ったことの第一位は、一昨年までの「通信環境」から「コミュニケーション」となり、実に3人に1人が「飲食店での注文に困っている」という調査結果が出ています。(図3)
図3 訪問した場所の中で多言語表示・コミュニケーションで困った場所・場面
図4 多言語教示・コミュニケーションで困った際、解決に使った方法
観光庁「訪日外国人旅行者の受入環境整備における国内の多言語対応に関するアンケート」
さらに同調査では、コミュニケーションで困った際、どう対処したのかについても聞き込みを行っています。訪日旅行者たちは、翻訳アプリを使って会話をしたり、ジェスチャーで伝えたりして、日本人とコミュニケーションを図っているという結果です。
私たちはこの問題をもっと詳しく理解したいと考えます。具体的には「飲食店特有の対応方法は何か」「困っていない旅行者はどう対処しているのか」といったことを知りたいのです。この問いにJTOCメンバーたちが自らの体験談を語ってくれました。
欧米豪の訪日リピーターは、日本のほとんどの飲食店で英語メニューがないことを知っています。そんな彼らがよく使う方法は、店に入る前にGoogleで店を検索してユーザー投稿の料理写真を手に入れ、写真で食べたいものを注文するというものでした。
Googleで検索――そんなこと知っていると思われる方もいるでしょう。実際、前出の調査でも「関連する写真を提示して解決した」という結果が示されています。しかし、訪日旅行者の声にはデータを眺めるのとは違った臨場感があります。「目当てのレストランに入る前にgoogleで店名検索をし、ユーザー投稿の料理写真を見つけ、それを店員に見せて注文した」という一文から、実際の情景が目に浮かぶのではないでしょうか。
投稿写真を使った注文方法以外にも、「翻訳アプリのスキャン機能を使ってメニューを解読する」など、訪日リピーターたちは様々なツールを活用してメニュー問題に対処しているようです。ただ一方で、訪日初心者の中には、飲食店でのコミュニケーションを避けるためにコンビニで弁当を買ってホテルで食べるという人もいるようです。
・必要なのは「外国人にわかる」メニュー
写真や翻訳アプリで注文する、もしくは注文できないので外食しない、といういずれの行動からも、彼らが不自由なく注文できる外国語メニューを用意すること、そしてその情報をウェブやSNSで発信することが、消費の機会創出につながることがわかります。なぜなら、訪日旅行者の不自由を解決することは彼らへの気遣いであるだけでなく、これまで取りこぼしていた旅行者の集客につながる具体的な施策でもあるためです。
では、日本語が読めない外国人のために、具体的にはどのようなメニューを作ればいいのでしょうか。外国人向けレストラン検索サービス「GURUNAVI」(https://gurunavi.com)を運営する(株)ぐるなびによれば、外国人が日本の飲食店でメニューを選ぶときに必要な情報は、①「外国人にもわかる翻訳」、②「素材・調味料・調理方法の情報」、そして③「料理写真」だといいます。(図5)
①「外国人にもわかる翻訳」は、正しい直訳とは異なります。たとえば「親子丼」は「parents and child bowl」ではなく「Chicken and Egg Rice Bowl」と翻訳されます。日本食の独特な名称を知らない外国人でも理解できる訳が必要です。②「素材・調味料・調理方法の情報」によって、どの食材をどのような味付けでどのように調理した料理なのかがわかります。この情報は間接的にベジタリアン等の食事選択をサポートします。そして③「料理写真」が、テキストだけでは足りない情報を視覚的に補います。
図5 外国人に伝わるメニュー情報(『ぐるなび外国語版』サービス概要資料より)
メニューを自作するか、企業の専門サービスを利用するかは各々最適な手段を検討いただきたいと思います。いずれにしろ大切なことは、未来の顧客である地方旅行経験者が、「何に困っているか」や「どのように困っているか」といった実態を丁寧に理解することです。
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■まとめ
当レポートではJTOC調査を活用し、地方を旅する欧米豪の訪日旅行者の「日本食体験」に関する事例を紹介しました。地方旅行経験者たちの実体験に基づくコメントからは、既存の調査ではなかなか見えてこない、臨場感のある実態が垣間見えました。
自らの地域に訪日旅行者を呼び込み、消費拡大のための取組みを企画し実践していくためには、客観的・定量的な調査データを大いに活用しつつ、一方で、訪日旅行者の個別の旅行体験のような事例から、彼らの消費行動の実態への理解を深めることが近道になると私たちは考えます。
今回のレポートでは「欧米豪の地方旅行経験者」の「日本食体験」にフォーカスしましたが、JTOCを使えば様々な属性の旅行者と、様々なテーマでのディスカッションやヒアリングを行うことができます。JNTOでは今後も欧米豪の地方旅行者のみならず、各国の旅行者との双方向コミュニケーションを通じ、受入れ地域の課題の発見や解決策の検討を行なっていきたいと考えています。
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