2018年3月19日
インバウンドシンポジウム in大阪-訪日インバウンド新潮流-
2月28日、大阪市中央公会堂にて「インバウンドシンポジウム in大阪 訪日インバウンド新潮流~持続可能な観光を目指して~」が開催されました。訪日インバウンドにおいて第一線で活躍する有識者による、講演や国内・海外の事例紹介、パネルディスカッションの様子をお届けします。
サステイナブルな観光の実現を目指すために必要なこと
JNTOが主催する当シンポジウムは、過去3年間にわたって行われてきましたが、大阪では初の開催となります。大阪市のシンボルとして愛され、100年の歴史を持つ大阪市中央公会堂には、自治体関係者や観光業、交通事業に携わる方をはじめ、企業にお勤めの方、学生など、さまざまなジャンルの方々にお集まりいただきました。
開館100周年を迎えた大阪市中央公会堂で開催
シンポジウムは、JNTOの山崎道徳理事による挨拶からスタート。今回のテーマである「サステイナブル(持続可能)な観光実現」について説明があり、欧米豪からの外国人旅行者を多く迎え入れることのメリットや、経済効果とそれがもたらす地域の劇的な変化について語られました。「自然環境や住環境とどのようにバランスをとっていくのかが課題。大阪の皆さまとJNTOが一体となって考えていけたら嬉しい」と述べました。
続いて行われたのが、観光庁 国際観光課長の伊地知英己氏による来賓挨拶です。伊地知氏は、2020年に向けた政府目標である、外国人旅行者4,000万人、消費額8兆円の実現を目指すために「さらに高次元の観光政策の実行と加速が求められている」と強調。そのために新たな財源確保が必要との判断から、「国際観光旅客税」の導入が現在国会審議中であること、「モノ消費からコト消費への移行」といったキーワードを軸に、外国人旅行者のニーズを的確に捉えた観光地域づくりの必要性について語りました。
観光庁 国際観光課長 伊地知英己氏による来賓挨拶
生産性を考えたらターゲットは欧米豪。観光資源の見直しも必要
続く基調講演では、JNTO特別顧問のデービッド・アトキンソン氏が登壇。テーマは、「観光業の生産性をどのようにして上げるべきか」です。アトキンソン氏はまず、「観光戦略は、日本が抱える最大の問題である“人口激減”に対する大きな解決策の一つです。単に趣味で行うものではなく、死活問題を改善する策だと認識する必要があります」と指摘。人口予測の数字や各産業のGDPなど具体的な数値を用いながら、日本における観光産業が、将来、極めて重要な産業に成長することを明言しました。
また、観光産業を将来的に発展させるためには、観光誘致の基礎的条件を改めて認識する必要性も指摘。「自然」「気候」「文化」「食事」といった多様性に満ちた4つの条件が揃うほど、外国人旅行者の誘致能力は高まると言います。「観光庁の調査によると、日本がこれまで外国人旅行者に対して主に発信してきた“歴史・文化”を希望する人は24.4%。一方で、66.4%の人は“自然・景勝地観光”を日本でしたいことに挙げている。自然観光にもとても大きな伸びしろがあると思います」と、稼げる観光資源の一つとして「自然観光」を提示。日本に呼べる外国人旅行者の幅が広がり、長期滞在も増えることが予想できるため、より多くの消費が期待できると話します。さらに、「日本ほど、多様性のある国は滅多にありません。ですから、もっと全面的に押し出すと良いでしょう。“歴史・文化”を否定するつもりはありません。ただし、それだけではなく、組み合わせが大切なのです」とアドバイスしました。
そして、アトキンソン氏による指摘はさらに続きます。危機的な状況にあると訴えるのは、デスティネーション(旅行目的地)の磨き上げが十分でないという点。アトキンソン氏が京都の歴史的重要文化財を訪れた際に、建造物などの解説案内が極めて少なかった体験などを例に挙げ、「この程度では、お金と時間をかけて行く価値がありません。歴史の流れをおもしろく解説し、訪れてくれたことに対してそういった丁寧さでお応えすることが大切」と話し、情報発信の質のあり方など正しい戦略について教示してくれました。
さらに、観光戦略に必要なものとして、滞在先であるホテルの整備も必要と強調。「日本には5つ星ホテルが少ない。低価格の宿泊先は揃ってきていますが、高価格帯の整備が不十分です。ここにもチャンスがあります」とアトキンソン氏。特に、欧米豪からの外国人旅行者は一人あたりの消費額が高く、長期滞在の傾向があるため、「短期滞在のアジア圏の旅行者をターゲットにした戦略は基礎づくりには最適ですが、観光業の生産性を考えると、やはり欧米豪からの旅行者に対応した環境整備が必要です。さらに、お金を落としてもらえるのが理想的です」と続けました。
最後に、日本は観光資源にとても恵まれた有数の国であることを伝え、「しっかりと整備して磨き上げれば、世界でトップ5の観光大国になれるはずです。やるか、やらないかです!」と述べて、壇上を後にしました。
JNTO特別顧問 デービッド・アトキンソン氏による基調講演
国内外の事例から学ぶ、“今”すべきこととは
休憩をはさみ、国内と海外のインバウンド事例の発表と、JNTOの取り組みが紹介されました。
国内の事例発表には、長野県山ノ内町で訪日インバウンドの市場開拓に取り組む、株式会社WAKUWAKUやまのうち 代表取締役社長 岡嘉紀氏が登壇。山ノ内町は人口減少・高齢化に悩む地域ではあるものの、近年は、温泉に入る姿が珍しいと世界的に有名になった「スノーモンキー」で、欧米からの旅行者に人気のエリアです。
岡氏がインバウンドに取り組む山ノ内町の湯田中渋温泉郷では、将来にわたって地域に残る事業開発に取り組もうと、遊休物件のリノベーションを行う「まちづくり」と、将来の地域の担い手の育成を視野に入れた「ひとづくり」の2つの柱を中心に進められています。「星空ツアーやアートイベンドなどを開催しながら、一気に10件の物件を整えていきました。スピード感は大事ですね。当初は不安もありましたが、手広くやるよりは、小さく面を絞って開発を進めていけば大丈夫です。地域の皆さまにも認めてもらえるようになってきました」と語りました。
国内の事例を紹介する株式会社WAKUWAKUやまのうち 代表取締役社長 岡嘉紀氏
続いての事例の舞台は、スペイン・バルセロナ。北海道大学 観光学高等研究センターの准教授であり、バルセロナ大学ホテル・観光学院客員教授を兼職する石黒侑介氏による発表です。1992年のバルセロナオリンピックを契機に、爆発的に拡大した観光市場のリアルな現状と政府施策について報告されました。「オリンピックは、観光の形を大きく変えてしまう。ネガティブな形で地域に波及してしまうのも、すべては利用の仕方次第」。「観光のニーズが多様化、成熟化する中で、旅行客は市民の生活圏にまで入り込んでしまっている。その結果、バルセロナでは市民による抗議活動が起こった」と、観光市場は単に拡大すれば良いというものではないことに言及。バルセロナにおける観光政策は、もはや観光分野ではなく都市政策として位置付けられていると報告し、2010年に策定された長期戦略『Barcelona Tourism for 2020』を紹介しました。2020年に東京オリンピックを控える日本にとって、まさに参考にすべき事例です。石黒氏は、「考えなければならないことは、いかにしてサステイナブルにしていくかということ。つまり、デスティネーションマネージメントが大切です」と、締めくくりました。
北海道大学 観光学高等研究センター 准教授の石黒侑介氏がバルセロナの事例を紹介
最後は、JNTO インバウンド戦略部 調査・コンサルティンググループの清水雄一から、JNTOが手がける取り組みを紹介。ビッグデータを活用したJNTOのデジタルマーケティングや、日本在住の外国人や欧米豪の外国人旅行者200名が集まるオンラインコミュニティの説明を行いました。これらの活用で、訪日外国人旅行者の興味や関心を可視化し、より効果的なプロモーションにつなげたり、ターゲットに合わせた地域資源のマッチングを行ったりすることができるようになります。「サービスの紹介や調査結果は、JNTO地域インバウンド促進サイトで随時発信しています。このほかにも、自治体や企業の皆さまのサポートも行っていますので、気軽にご相談ください!」と呼びかけました。
アトキンソン氏への質疑応答で、さまざまな疑問を解決
後半は、リアルタイムアンケートシステム「respon(レスポン)」を使って、参加者の皆さんから集められたアトキンソン氏に対する質疑応答からスタートしました。
アトキンソン氏による質疑応答
――外国人旅行者にとって魅力的な観光資源とは何ですか?
・観光資源はある/なしではなく、つくるもの
観光資源を魅力的にするのは、地域の皆さんであるというのがアトキンソン氏の考え。「外国人旅行者が滞在してくれないならば、滞在してもらえるようにつくらなければなりません。例えば、何もないことを逆手にとって、誰も行かないようなところに素晴らしいホテルを建てて、富裕層に来てもらうというのも一つの考え方です」
――ナイトライフをどのように捉えれば良いですか?
・非常に重要なポイント。旅行者は暇です
Barや居酒屋など夜の時間帯に消費を促す仕掛けは、旅行単価を上げるために効果的な取り組みです。「旅行者は、翌日に帰らないのならば夜も暇ですし、早く寝る必要もありません。ほかの街ではやっていないようなことをマーケティングし、差別化した内容で戦略を練ると良いと思います」
――5つ星ホテルの基準は何ですか?
・臨機応変に究極的に対応できることです
そもそも5つ星ホテルというのは、どこかの機関による認定制度のようなもので定められているものではないのだそう。「富裕層向けのサイトや口コミサイトで使われている独自の指標であり、SNS的に広がっているのが特徴。また、ハードが素晴らしいホテルだと思いがちですが、スタッフのレベルや所得の高さで定義されていることが一般的です」とアトキンソン氏。「日本のホテルは、ハード面は充実しているけれど、スタッフが安価で雇用されていたり、臨機応変な対応ができかなかったりと、5つ星ホテルにはまだまだなれない施設が多いですね」
――旅館にはどのような可能性がありますか?
・旅館はあくまでも日本人向け。インバウンドには利用しづらい
2~3週間の長期滞在をする欧米豪や、富裕層の人たちにとって、旅館は泊まりにくい仕組みになっていると指摘。「旅館は1~2泊用ですよね。起きる時間や布団を片付ける時間が決まっていたり、豪華な懐石料理を毎日食べたりするのは、外国人にはとても窮屈です」
――「おもてなし」は外国人旅行者にとってどのようなもの?
・日本人が思っているほど、評価されていません
「お金と時間をかけて日本を訪れる人は、食べたいものや行きたいところがあるから観光に来ています。ですから、“おもてなし”は大きな観光動機にはなりません」とアトキンソン氏。また、「おもてなし」のような無償のコンテンツは、真の観光戦略の趣旨に反するものだと指摘。「観光産業はあくまでも仕事として考えるべきであって、無償にすべきではありません。無償だと本当に評価されているかどうかがわからないから」と述べ、質疑応答が終了しました。
パネルディスカッションで、持続可能な観光実現の方法を探る
最後のパートでは、「観光業を持続可能な産業にするためには」をテーマに、有識者によるパネルディスカッションが行われました。パネリストには、国連世界観光機関 駐日事務所 副代表の福田純一氏、有限会社フルフォードエンタープライズの代表取締役 アダム・フルフォード氏、雑誌『ソトコト』副編集長の小西威史氏の3名を迎え、ファシリテーターは、JNTOインバウンド戦略部 調査役の藤澤政志が務めました。
はじめに福田氏から、国連世界観光機関(UNWTO)について、スペイン・マドリッドに本部を置く観光分野における世界最大の組織であること、持続可能な観光の発展を促進する機関であることが紹介されました。また、国際的に見てアジア・太平洋地域の旅行者数は、ほかのどの地域よりも急速に増えることが予想されるとの報告もあり、「急速な伸びがあるということは、どこかにひずみが生まれる可能性があります」と福田氏。それらを克服するための国連が定める持続可能な開発目標「SUSTAINABLE DEVELOPMENT GOALS(SDGs)」についての紹介がありました。
そして早速、パネルディスカッションが開始。まず、日本が持つ魅力について意見が交わされました。
有識者によるパネルディスカッション
・価値のないものを、価値あるものに変える文化が日本の価値(アダム・フルフォード氏)
フルフォード氏が、日本の魅力として例に挙げたのが、自身が5年前に出会った「金継ぎ」です。割れた器を修復し、以前よりも魅力ある器に変える日本の伝統技術であり、「海外には、これほどにまで物を大切にする文化が意外と少ない。また、金継ぎの器は高く売ることができますから、そのような意味でも価値があると言えるでしょう」と意見を述べます。
また、大阪の新今宮や(泉南郡)岬町などの街は、「これから大きく変わるかもしれない価値を秘めた地域」と、期待を寄せていることをフルフォード氏は話し、今度の動向に目が離せないと言います。
価値ある観光資源をつくるための戦略とは
では、そうした可能性を秘める地域が、これからどのような戦略でインバウンドに取り組めば良いのでしょうか。
・貢献型のモニターツアーを始めましょう(アダム・フルフォード氏)
フルフォード氏がコンサルティングを行う山形県の中津川地区で開催した「雪下ろし」ツアーでは、外資系やIT企業のトップやジャーナリストなど、さまざまな職業・国籍のメンバーで地域住民の自宅の雪下ろしを体験し、参加者だけでなく、地域住民の間にも活気が溢れていると言います。「参加した外国人に“もし住民だったらどう暮らしたいか?”という問いを投げかけ、さまざまなアイディアを引き出しました。例えば、ITの専門家から、人工知能やブロックチェーンを活用した提案がなされ、300人しか住民のいない地域での活用方法が模索されれば、地元の人にとっても参考になるはずです。こうした貢献型のツアーを組むと、地域住民との関係も深まります」と語りました。
・「観光以上、移住未満」のファンを増やしていきましょう(小西威史氏)
外国人旅行者との関わり合いを生むためには、「まずは場所です。交流できる場を提供することから始めると良いでしょう」と意見を述べたのは小西氏。広島県大崎上島町につくられた「観光案内所」ならぬ「関係案内所」には、旅行者と地元住民がふらりと集まり、これまでになかった交流が生まれていると報告。「そんな取り組みをしていたら、この地のファンになった10人もの旅行者が移住してきたんです。移住までしなくても経済効果は生まれます。まずは、『観光以上、移住未満』の関係を築くような交流を生み出しましょう」とアドバイスしました。
・持続可能な観光に向けて大切な4つのポイント(福田純一氏)
福田氏からは、サステイナブルな観光地をつくろうと組織的に取り組まれている事例として、山形県の月山志津温泉で、地域の資源である雪を活用した雪旅籠についての紹介が行われました。「降り積もった雪を削って作られた、地域の特性を生かしたオンリーワンのもの。それが評判を呼び、イベンド時には地域の旅館が満室になるなど大きな経済効果が生まれています」と説明しました。
また、持続可能な観光の実現に向けて大切なこととして、福田氏は4つのポイントを挙げました。一つ目は、地域全体の利益を考えること。二つ目は、地域にあるものを活かしながら、その土地の魅力を引き出すために観光素材を磨き上げ、戦略・差別化・ストーリー性のある体験を開発し、旅行者に満足してもらうこと。三つ目は、魅力的な情報発信を継続的に行うこと。最後は、受け入れ側と旅行者双方にとってサステイナブルであること、と解説しました。
地域のファンを増やすために最適な観光資源とは
次に話し合われたのは、ファンづくりのための具体的な戦略についてです。
・お祭りは最高のコンテンツ(アダム・フルフォード氏)
中津川地区では毎年雪まつりが行われており、「この祭りを開催することは、中津川のアイデンティティを守ることにつながる」とフルフォード氏。「祭りは交流の場としてとても大切。持続可能な形で開催し続ければ、他の地域と差別化できるコンテンツになります」と提案しました。
また、フルフォード氏の提案にピッタリな事例があると、小西氏からは、島根県松江市にある玉造温泉の手づくりの夏祭りと、広島県竹原市と東京のボランティア団体「おせっかいジャパン」とのコラボ企画などを紹介。いずれも地元住民を巻き込んだ企画であり、地域一体となってファンづくりにつなげた参考例として報告しました。
サステイナブルな観光を目指して、参加者からも多くの質問が!
最後に、参加者からのアンケートに各登壇者が答える、質疑応答の時間が設けられました。
――観光資源の価値は、地元住民と外国人旅行者の間でズレがあるのでは?
・普段当たり前にやっていることが、おもしろいことなんです(アダム・フルフォード氏)
「外国人旅行者にとって価値のある体験は、普段の暮らしの中で当たり前にやっていることなんです。先ほどの中津川地区の雪下ろしは、地元の人にとっては毎日の大変な作業でしかないけれど、初めての外国人にとってはおもしろい体験です」
――地域のファンになってくれた旅行者との関係をどのように維持していけば良いでしょうか?
・日常=「ケ」の延長線上を味わいたいはず。自分たちの暮らしに自信をもって伝えればいい(小西威史氏)
「旅行者の意識は変わってきている。今の旅は、ハレとケでいうと“ケ”。日常の延長線上にあるものを求めていると思います。だから、自分たちの日常の暮らしや、場所、モノ、受け継いできたものに自信をもって伝えていくと、興味を持ち続けてくれ、リピーターは増えるのではないかと思います」
最後に福田氏から、サステイナブルツーリズムにおける外国人旅行者の考え方について、「地域全体で責任ある持続可能な観光に取り組むことが大切。その一方で、観光客も責任ある旅行者になる必要があると思います」と語り、国連が定める持続可能な観光国際会議で発表されたビデオが紹介されました。
持続可能な観光を目指すために、「パネルディスカッションで議論が交わされた“交流”に大きなポイントがあると感じました」と藤澤氏が総括を述べ、参加者の大きな拍手とともにシンポジウムは閉会しました。