2023年11月15日
JNTO地域セミナー(2023年度)「マーケティングとデジタルの活用」開催レポート
日本政府観光局(JNTO)は2023年8月28日に、自治体、DMOなどの観光関係団体、民間事業者においてインバウンド関連業務に携わっている方々を対象としたオンラインセミナーを開催しました。「マーケティングとデジタルの活用」のテーマで2名の講師を迎え、地域がインバウンドに取り組む上で重要なマーケティングについてお話しいただき、プロモーションにおける口コミの重要性などをご紹介いただきました。本記事では、セミナーの概要として講演内容を要約して掲載します。
基調講演1『旅行者視点』の観光戦略の考え方
一般社団法人メタ観光推進機構 代表理事/日本政府観光局(JNTO)デジタル戦略アドバイザー 牧野 友衛 氏
GoogleやYouTube、Twitterで日本版開発や利用者拡大の責任者を務め、トリップアドバイザーの代表取締役、Activision Blizzard Japanの代表を歴任。新しい観光の概念「メタ観光」を提唱し、2020年に一般社団法人メタ観光推進機構を設立、メタ観光の普及・実践活動を行う。現在、JNTOデジタル戦略アドバイザー、東京都「東京の観光振興を考える有識者会議」委員、群馬県世界遺産専門委員会委員、福山市地域未来ビジョンアドバイザリー会議委員なども務める。 |
データや調査結果に基づく戦略づくりを
各地域で観光戦略を考える上で必要なのが、お客様(訪日外国人旅行者)を知ることです。この観光戦略は、調査やデータに基づいて作らなければなりません。データや調査結果に基づいてまず最初に決めるのは、ゴールです。ゴールとは「訪日観光客数×消費額」で決まる「観光消費額」のことを指します。一番重要なのは、ゴールを決めたうえで、ターゲットを決めること。ターゲットとする国や地域、あるいは特定のセグメントさえ決まれば、その後はターゲットごとに好まれているプラットフォームやコンテンツを考慮したプロモーションを行えばよいのです。
海外の方が外国に旅行に出かけようとする場合、日本だけでなく他の国や地域も旅行先として検討していることを忘れてはなりません。例えば、日本で美しい棚田の風景を売りにしている地域が増えていますが、東南アジアにも同じく棚田を売りにしている国があります。こうなると、競合が増えてプロモーションも難しくなります。だからこそ、自分の地域の独自性を考え、売り出す観光資源を決めることが大事です。
ホームページの充実は情報発信の強化ではない
旅行の情報源がオンラインになってきていることは、疑いようのない事実で、オンラインをどれだけ上手に活用できるかが重要です。「ホームページでの情報発信に力を入れています」という話を聞くことがありますが、ホームページというのは、旅行先を探している人が「検索によってたどり着く場」にすぎないため、ホームページの掲載を充実させるだけでは旅行先を探している人に情報が届いていないことを理解しておいてください。
また、国や地域によって情報源として訴求力がある、いわゆる「強い媒体」が異なる点も理解しておかねばなりません。旅行の予約をする際に利用する旅行サイトも、国や地域によって強いものが異なる点も忘れてはいけません。
カスタマージャーニーの設定や口コミを参考に
媒体が異なっても重要なのが、カスタマージャーニーの流れをオンラインで完結できるように情報を提供できているかどうか、です。カスタマージャーニーとは、①インスピレーション、②旅先の決定、③旅行の計画、④旅行の予約、⑤旅行中、⑥旅行後の6つの段階を指します。発信する情報を整備することとは、こういった旅行者のオンライン体験を改善することと言えます。
旅行先を決定する際に、多くの国や地域でも上位に挙げられるのが、「日本在住の友人や知人の勧め」や「日本に行ったことのある友人の勧め」といった口コミです。そこに行ったことがある人の体験談は重要です。旅行体験の満足度を向上させ口コミにつなげることは、リピーターの獲得だけでなく、実は新規顧客の獲得にもつながるのです。ぜひ、口コミの内容を参考にして、高い評価を得るための改善につなげてほしいと思います。
今回お話しした内容は、すべて観光庁やJNTOの公開データに基づいて構成したものです。公開データだけでも、地域全体の方向性を決める戦略は作ることができます。その上で、自分たちの地域の強みを打ち出していけばよいでしょう。私たちは外国人ではないので、わからなくて当然です。わからないからこそ、知らなければならない。自分たちの思い込みや経験に頼るだけでなく、可能な限りデータや調査結果に基づいて考えて、戦略を作ってほしいと思います。
ーー公開データの活用ーー
22市場基礎調査結果概要 2022年4月(日本政府観光局) 重点 22 市場の海外旅行経験者を対象として、海外旅行に関する意向や旅行形態等に関するアンケート調査
主要市場別に人口、所得、外国旅行傾向等の基礎データや、訪日旅行への期待、消費額、訪問地などのマーケティングに必要なデータ。
訪日外国人旅行者の日本での消費実態がわかる定点調査。
講演2「世界遺産熊野古道 〜持続可能な観光地を目指して〜」
一般社団法人田辺市熊野ツーリズムビューロー マネージャー・プロモーション事業リーダー(国際観光推進員) ブラッド・トウル 氏
1975年カナダ・マニトバ州生まれ。マニトバ大学スポーツサイエンス学部卒業。世界30カ国以上を旅した経験を有する。和歌山県本宮町(現田辺市)に英語指導助手(ALT)として3年勤務した縁で、平成18(2006)年、田辺市熊野ツーリズムビューローの発足にあわせて国際観光推進員に就任し、現在に至る。目的意識の高い外国人旅行者の誘客促進のため、また世界に開かれた質の高い持続可能な観光地を目指し、田辺市や熊野エリアの魅力発信と、受入地のレベルアップ、主に国内外の個人旅行客を対象とした着地型旅行業に取り組んでおり、「熊野の魅力を世界に知らせたい」という強い思いで日々活動している。 |
地域の人や業者と議論を重ねて決めていく
田辺市は、元々小さな町でした。しかし、2004年の熊野古道の世界遺産登録を機に、徐々に名前が知られるようになりました。その後、周辺自治体との合併がありましたが、観光客誘致に本格的に取り組むようになったのはこの頃からです。
田辺市熊野ツーリズムビューロー(以下ツーリズムビューロー)は、地元の方々と話し合いを重ね、誘致するターゲットを「欧米豪の個人旅行者(FIT)でマニアックな所に来てくれる方」と定めました。ターゲットを定めたことが、「『ブーム』より『ルーツ』、『乱開発』より『保全・保存』、『マス』より『個人』、『インパクト』を求めず『ローインパクト』で、そして世界に開かれた『上質な観光地』を重視する」という基本スタンスを決めることにつながりました。これは17年も前の話ですが、今でもこの基本スタンスを守って観光客誘致に取り組んでいます。
ターゲットと基本スタンスを決めた私たちが次に着手したのが、受け入れ体制の整備でした。外国人が迷うことなく安心して熊野古道を歩くためには、英語表記は必須であり、ハード面では看板や標識の整備が重要でした。ソフト面においては、町の人たちを集めて議論を重ねました。ツーリズムビューローが主導するのではなく、町の人たちに議論に参加いただくことで、地域への愛着や自信、責任という意識を作っていきました。このように、ハードとソフト両面での受け入れ体制が整えば、訪日外国人旅行者を増やしても持続的な受け入れができるようになっていきます。
出典:熊野トラベル
正確な情報掲載で旅行者と地域の架け橋に
2010年には、着地型旅行会社「熊野トラベル」を設立しました。この会社は、地元の方々と国内外からの旅行者をつなぐための予約システムを開発し、両者の架け橋としての役割を担っています。熊野トラベルのホームページには、熊野古道のルートや宿泊施設はもちろん、バスの時刻表から手荷物の搬送サービスまで、正確さにこだわった情報を掲載しています。
また、熊野古道と姉妹道提携をしているスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼の道との間で、二つの道の巡礼を達成した共通巡礼者を登録する取り組みも始めました。共通巡礼者は、ツーリズムビューローのウェブサイトで写真を公開していますが、皆さん本当に素敵な笑顔を見せてくれています。こうして、国内外に熊野古道ファンを増やしていきました。
出典:熊野トラベル
「旅行後」を重視するデジタルマーケティング
デジタルでのマーケティングでは、地元のコンテンツをしっかり作り込む必要があります。田辺市は、コンテンツを整理して作り込み、受け入れ体制を整備してから宿泊客数を伸ばしていったので、地元の人も事業者も安心して、そして自信を持って旅行者を受け入れてきました。
どんなに情報を発信しても、お客様に受け入れられるコンテンツがなければ、お客様を失望させてしまいます。逆に言えば、お客様をスムーズに受け入れて、地域のコンテンツに満足してもらえれば、お客様が自ら発信してくれるようになります。実は、私たちはそれほど熱心に情報を発信していません。小さな組織のため、マンパワーに限りがあるからです。発信は半ばお客様に任せる形にして、私たちはホームページに統一感のある、正しい情報を掲載することに専念しています。
牧野さんのお話にもありましたが、私たちがマーケティング活動で大切にしているのはカスタマージャーニーです。デジタルマーケティングで特に重視しているのは、お客様が口コミやSNSなどで情報発信をしてくれる「帰った後」です。お客様が発信するパワーは、非常に大きいです。こういったお客様の声に基づき、ターゲット目線でコンテンツを見直していくことも重要でしょう。
デジタルマーケティングは、今後もどんどん重要になっていきます。自分たちの地域のコンテンツをしっかりと作ってから、オンラインでのブランドやイメージ作りができるようになれば、田辺市のような田舎の町でも強くなれるのです。
ディスカッション&質疑応答
地域のあらゆる層と議論する重要性
牧野氏とブラッド氏の講演に続くディスカッションでは、2人がお互いの講演から感じたことについて意見を交換しました。
牧野氏からは、田辺市の観光促進が地元の人たちと話し合って基本スタンスから方向性を決めていった点が印象的だったとした上で、「どんな人が集まって話し合いを重ねたのか?」とブラッド氏への質問がありました。ブラッド氏は「2005年に市町村合併をしたばかりだったこともあり、行政、温泉宿の女将の会、バス会社などの事業者など、時にはけんかをしながらさまざまな人と話し合った」と回答。合併よりも前に世界遺産に登録され、大型バスが1日に何台もやって来る状況を目の当たりにした地元の人たちが、マス型観光の危険性を肌で感じたことも「欧米豪のFITをターゲットに定めることにつながった」と語りました。
仮説・実践・検証・改善と地域の意識醸成を
また、セミナー視聴者から寄せられた質問にもコメントしました。
<質問1>
紙の媒体は今でも有効か。
ブラッド氏:旅行前に使うもの、旅行中に現場で使うものと2種類あると思う。熊野は山奥なので途中で電波がなくなったり、携帯の充電がなくなった際に備えて紙も残している。また、質の高い観光客を呼びたいので、チラシだけでなく、地域の魅力を詰め込んだ詳しいガイドブックも作っている。
牧野氏:旅行者が満足できるか次第。都心ならデジタルだけでも問題ないが、地方での巡礼などは紙のパンフレットがある方がいいのでは。対象者やコンテンツによると思う。誰に対してどのように満足度の高いものを提供するか。デジタル・紙両方準備してお客様が選べるようにするとよいのではないか。
<質問2>
ゲストにSNSをたくさん投稿いただくようにしているということだったが、具体的な投稿を増やすための取り組みについて伺いたい。
ブラッド氏:投稿を促進するために、テーマに沿ってインスタグラムのフォトコンテストなどを実施した。1週間限界集落に滞在し、日本の精神文化をスムーズに体験できるところは他にない(受け入れ体制整備にしっかり田辺市熊野ツーリズムビューローが取り組んでいるため)。1週間ストレスなく過ごすことができる環境を作り、満足してもらえれば自然と投稿をしてもらえる。「ここのスポットの写真を撮ってください」といったような案内はしていない。
<質問3>
多言語対応について、ウェブサイト、ブロシャー、掲示、メニューなど対応すべきことは様々だが、予算に限りがあり優先順位をつける必要がある場合、何を優先して対応すべきか?田辺市での例を踏まえて教えてほしい。
ブラッド氏:最初の1年で実際に来た人のニーズが最低限「英語の情報が欲しい」だった。そのため現地での対応は英語をベースにした。オンラインでは多言語にしている。
牧野氏:最低限英語があればよいと思う。戦略的にターゲットを設定しているところがあれば、その言語を整備していく必要がある。
セミナーの最後には、デジタルを活用したマーケティングのアドバイスとして、牧野氏は「データを見て作れることは仮説しかない。実践してみたら違っていた、ということも起こり得る。その場合は、検証して改善していけばいい。まずは仮の戦略でも構わないので、実際にやってみてほしい」と呼びかけました。ブラッド氏は「地域の中で愛着と自信と責任の意識を醸成し、自分の街をきれいに整理する。その後は、時代に応じたデジタルを賢く活用し、さまざまなお客様に自然に情報がヒットしていけばよいのではないか」と語りました。
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地域のインバウンド観光促進に向けては、まずゴールを具体的に設定し、その達成に向けて地域全体で一致団結して取り組むことが不可欠です。同時に、時代やターゲットに適応し、効果的な取り組みを実現するためにはデジタル技術を巧みに活用することが重要です。地域の未来を見据え、統合されたデジタル戦略を展開することで、より効率的で持続可能な発展が期待できます。
今後ともJNTOでは、皆様に役立つ情報発信等に取り組む所存です。
参考リンク