2026年8月18日
高付加価値旅行を地域にどう呼び込むか?市場動向とJNTOの取り組みから考える誘致・受け入れのポイント

訪日旅行消費額の拡大や地方誘客の促進に向けて、観光庁と日本政府観光局(JNTO)は、高付加価値旅行の推進に重点的に取り組んでいます。世界的に市場が拡大するなか、高付加価値旅行者は、その地域に息づく伝統や文化、自然に触れ、知的好奇心を満たす体験に価値を見出しています。こうした高付加価値旅行を通じて地域経済の持続的な発展を支援するため、今回はJNTO市場横断プロモーション部次長の田中陽子、高付加価値旅行推進室アシスタントマネージャーのサブストロームリンより、市場の動向や旅行者が求める体験、地域が誘致に取り組む際のポイントなどについてご紹介します。 ※所属部署・役職は取材当時の情報です。
世界で1,157万人、消費額21兆円の高付加価値旅行市場
―はじめに、「高付加価値旅行」とはどういう旅行を指すのか、教えてください。
田中:私たちが推進する「高付加価値旅行」とは、1回の訪日旅行において、旅行者 1 人が日本国内で100万円以上を消費する旅行(国際航空券代は除く)を指します。加えて、地域の伝統や文化、自然などに触れることで自身の知識を深め、インスピレーションを得ることを重視する旅行と定義しています。
観光庁とJNTOは、「第5次観光立国推進基本計画」を踏まえ、訪日外国人旅行者数の拡大、消費額の拡大、地方誘客の促進に向けて、市場別のマーケティング戦略に加え、市場横断的なマーケティング戦略を実施しています。
―世界の高付加価値旅行市場の規模について教えてください。
田中:2023年の旅行実績を対象に JNTO が実施した高付加価値旅行市場規模調査によると、クレジットカードの決済データなどをもとに、世界の高付加価値旅行者数は1,157万人、その消費額は21兆円と推計されています。
その中でも日本は、独自の食文化や伝統文化、職人の技やものづくりに対する精神性があります。加えて、治安や公衆衛生面で安心して旅を楽しめることも、高付加価値旅行者から評価される理由のひとつです。こうした点から、今後さらに訪問先としての注目度が高まっていくのではないかと、私たちは考えています。
―高付加価値旅行の誘致を進める上で、現在の国内の課題と求められる対応は何でしょうか。
サブストローム:まず前提として高付加価値旅行を誘致するには、その地域にしか無い価値を見つけ、「ウリ、ヤド、ヒト、コネ、アシ」の5つの観点において施策を講じる必要があります。
ウリ:高付加価値旅行者のニーズを満たす潜在価値(体験やコンテンツ))
ヤド:上質かつ地域のストーリーを感じられる宿泊施設
ヒト:高付加価値旅行者を地域に送客する人材や、質の高いサービスを提供するガイド・ホスピタリティ人材
コネ:高付加価値旅行者に地域を認知してもらうための情報発信や売り込み
アシ:利用者個人の都合や嗜好などに合わせたシームレスな移動環境
地域ごとに課題の大小は異なると思いますが、これら5つの観点から課題を検討し、総合的な施策を打ち出すことで、地域一体となった高付加価値旅行の誘致に取り組めると考えています。
中には「うちのまちには、ヤドに該当するラグジュアリーホテルがない。高付加価値旅行の誘致は無理だろうか」とお悩みの地域もあるかもしれません。しかし、他地域の成功事例などを参考にしながら、既存宿泊施設の改修や設備・ホスピタリティの改善、新規開発など、それぞれの地域で取り得る方策はあるはずです。たとえば、もともと地域にある単価が高い旅館に新たにベッドを取り入れる、英語やホスピタリティに対応できる人材のトレーニングなど、調整次第で、海外からの旅行者が宿泊できる可能性が広がります。
そうした相談や情報収集窓口としても、JNTOがお役に立てればと考えています。
高付加価値旅行推進室を設立、国内外のネットワークを強化
― 高付加価値旅行推進室の立ち上げの経緯を教えてください。
田中:日本では2019年に訪日外国人旅行者数の過去最高を記録したものの、観光消費額は伸び悩み、新型コロナウイルス感染症の発生も相まって、消費額増へ向けた取り組みの必要性が高まっていました。
この課題解決に向けて、観光庁では2020年に「上質なインバウンド観光サービス創出に向けた観光戦略検討委員会」を、2021年にはそれを継承する形で「地方における高付加価値なインバウンド観光地づくり検討委員会」を設置しました。その検討を受け、2022年5月に「地方における高付加価値なインバウンド観光地づくりに向けたアクションプラン」が発表されました。
そのアクションプランの中で JNTO 内に高度なノウハウとネットワークを蓄積する専門組織の設置が提言され、それを受けて2023年4月に立ち上がったのが高付加価値旅行推進室です。
当部署には高付加価値旅行だけでなく、アドベンチャートラベル(AT)やサステナブル・ツーリズムに詳しいメンバーもおり、各自担当分野の推進に努めています。
― 始動から3年が経ち、高付加価値旅行推進室の取り組みはどのように変化してきましたか。
田中:2023年の立ち上げ当初は高付加価値旅行に対する知見を蓄積するところから始まり、3年をかけて、国内関係者のネットワーク化、サービス内容の収集・蓄積、セールスの強化、情報発信の強化、高付加価値旅行ガイドの拡充の5つの事業に取り組んでまいりました。
具体的には「ウリ、ヤド、ヒト、コネ、アシ」のうち、とりわけ大きな割合を占める「ヒト」と「コネ」の強化に力を入れています。「ヒト」の面では、高付加価値旅行ガイドの育成、「コネ」の面では26の海外事務所のネットワークを活かした国内外の関係者との人脈づくりの構築を進めています。

サブストローム:2026年5月には、2017年から東京で開催してきた富裕層向け高付加価値旅行商談会「Japan Luxury Showcase 2026」(JLS)を大阪で初めて開催しました。このほか、これまで参加をしたことの無い国際的な高付加価値商談会への出展、芸術と高付加価値旅行の親和性が高いことから芸術をフックとしたアートウィーク東京(AWT)との連携、地方のアート・工芸・建築をテーマとしたメディア招請など、新しい取り組みも多数実施しています。
欧米とアジアで異なる訪日傾向と旅行ニーズ
― 高付加価値旅行者は、日本にどのような体験や魅力を求めているのでしょうか。
サブストローム:ラグジュアリートラベルにもトレンドがあり、近年は、従来のようなブランドの知名度や西洋的な価値観に基づく高級感を追求する贅沢が求められる従来型の旅行から、よりプライバシーや特別感を重視し、目的地が持つストーリーや歴史的な背景を深く求める旅行にシフトする動きが見られます。
英語では、「多様な価値を自分らしく選び、組み合わせる」という意味を持つ「Eclectic(エクレクティック)」という言葉が、こうした変化をよく表しています。華やかな観光スポットや最新の施設のみが選ばれるのでなく、伝統的でつつましい空間の静けさにこそ深い趣や美を見いだすなど、旅行者が自分自身の感性で価値を選ぶ傾向が見られます。四季折々の自然の移ろいを受け入れ、その美しさを愛でてきた日本独自の文化や価値観、地域ごとに受け継がれてきたその土地ならではの「本物らしさ(Authenticity)」が、こうした旅行者から今、高く評価されています。
また、近年は世界に浸透している「ウェルネス(Wellness)」や、「間(ma)」「いきがい(Ikigai)」などの日本ならではの価値観への関心も高まっています。日本で自分自身を見つめ直し、新たな気づきを得ることを目的とする旅行者が増えています。

― 高付加価値旅行市場の中でも欧米やアジアなど、市場別の傾向について教えてください。
田中:欧米からの高付加価値旅行者には、まだまだ初めて日本を訪れる旅行者も多く、特別な旅行先の1つとして日本を訪れるケースが多く見られます。ただし、欧米と一括りにされることが多いものの、実際の旅行傾向は市場によって異なります。
米国からの旅行者は、東京・京都・大阪を巡るゴールデンルートを中心に、地方を1~2 地域加えた旅程が多い一方、欧州からの旅行者は、米国からの旅行者と比べて滞在期間が長く、おおむね2週間滞在し、地方を含めて日本各地を広く周遊する傾向があります。また、日本の文化を体験したいというニーズも強く、伝統文化が内包するストーリーやものづくりに真摯に取り組む職人との対話など、地域や歴史とのつながりを重視していることがうかがえます。
一方、アジア圏は日本と距離が近いこともあり、リピーターが少なくありません。ゴールデンルートはもちろんのこと、地方にも詳しく、特に直行便がある地域に繰り返し訪れる傾向が見られます。同時にアジア圏の方は最新のコンテンツにも敏感で、新しいラグジュアリーホテルの開業や3つ星レストランの予約に合わせた旅行を楽しむという方も多くいらっしゃいます。
このように目まぐるしく変わる市場のトレンドを把握し、関係者の皆様に情報を発信していくことも、当部署の重要な役割の一つだと考えています。
コアバリューの明確化と多言語対応が地域誘致の鍵
― そうした市場ニーズを踏まえ、これから高付加価値旅行の誘致に取り組む地域は、何から始めたらいいでしょうか。
サブストローム:まず念頭に置いていただきたいことは、高付加価値旅行者は世界中のさまざまな土地を訪れ、その文化や風土に触れてきた豊かな人生経験を持っています。そのため先ほどお伝えをした5つの観点に取り組む前に、彼らが日本に求めるその地域にしかない価値、すなわち観光庁が「コアバリュー」と呼んでいる滞在価値を明確にすることが、誘致活動の最初のステップになります。
自分たちが暮らす地域の特性や歴史、観光資源を一度棚卸しし、ここにしかないコアバリューを明確にしてから、それを反映したコンテンツを造成し、適切なブランディング戦略に基づいてターゲットを選定する。これが誘致活動の基本的な流れになります。
また、高付加価値旅行向けに造成するコンテンツは、必ずしも一から新しく考える必要はなく、これまでもアピールしてきたものをベースに、そこにどういう付加価値をつけることができるかという視点で考えていくことも一つの方法だと思います。たとえば、普通の「サイクリング体験」も、途中で地域の農家に立ち寄り、地元の食材を使った料理をともに楽しむ、あるいは一般の観光客にはあまり知られていないルートをガイドの案内で回るなどのアレンジ次第で、特別な体験にバージョンアップすることが可能になります。
―受け入れ体制の整備面で、特に心がけておきたいことは何でしょうか。
サブストローム:先ほど、高付加価値旅行者は世界中のさまざまな土地を訪れていると申し上げましたが、それは同時に世界各地のラグジュアリーリゾートで、質の高いホスピタリティに触れてきた旅行者である、ということも意味します。私たち自身が海外で日本語での案内を受けると安心するように、訪日外国人旅行者にとっても、必要な場面で多言語による案内を受け、円滑にコミュニケーションを取れる環境は重要です。地域のすべての方が流暢な外国語を話す必要はありませんが、必要な場面で適切な言語対応ができる体制を整えることは、高付加価値旅行者を迎えるうえでの世界共通のスタンダードだと考えています。JNTO が海外の旅行会社などに地域を紹介する際にも、多言語での受け入れ体制は大切な要素になります。
観光庁とJNTOが連携、14のモデル観光地を世界へ発信
―高付加価値旅行の誘客に向けた「モデル観光地」とは、どのような取り組みですか。
サブストローム:観光庁が実施する「地方における高付加価値なインバウンド観光地づくりモデル観光地」は、2022年8月に公募が始まり、2023年3月に11地域が選定されました。2024年にさらに3地域が加わり、現在は14地域を対象に「ウリ、ヤド、ヒト、コネ、アシ」の5つの観点から集中的な支援が行われています。

私たち JNTO は観光庁と連携し、モデル観光地を含む国内各地の事業者を対象としたネットワーキングイベントや「Japan Luxury Showcase」、招請事業、ウェブ事業などでこれら 14地域を優先的に紹介し、関係者に広く知っていただくための活動に取り組んでいます。もちろん、これから新たに誘致に取り組む方々にとっても先行する成功事例を知ることは大変参考になると思います。それぞれの地域の動向にご注目いただければと思います。
―最後に、全国の地域で高付加価値旅行の誘致に取り組む方々へのメッセージをお願いします。
田中:ご紹介したモデル観光地のように、どの地域にも必ずその地域ならではの光るものがあります。それを地域一体となって磨き上げ、旅行者を受け入れる意識を共有し、安心して滞在できる環境を整えることで、世界の旅行者に選ばれる地域へと近づいていくと考えています。
こうした先例に続いて、高付加価値旅行で自分たちの地域を盛り上げたいとお考えの方は、まずは高付加価値旅行推進室にお気軽にお問い合わせください。ご相談いただければ、私たちと連携した事業のご提案など、高付加価値旅行先としての日本の魅力を世界に広げていくお手伝いをさせていただきます。これからも地域の皆様と一緒に、前向きに取り組んでいきたいと考えております。
市場横断プロモーション部 高付加価値旅行推進室
TEL:03-5369-3336、E-mail:luxury@jnto.go.jp
受付時間(日本時間):月~金曜日 9:15~17:45
参考サイト
◆高付加価値旅行の推進
https://www.jnto.go.jp/projects/overseas-promotion/theme/luxury-travel.html

