2026年6月16日
信仰の地、富山の国宝が「体験」になる─格式ある寺院を文化財観光へと誘う地域DMC「水と匠」の取り組み

地域に眠る文化財をどのように観光資源化し、体験型コンテンツへと昇華したらいいのか――。富山県西部でその実践に取り組んでいるのが地域DMC(Destination Management Company)である「株式会社水と匠」です。地域独自の農村風景を軸とするツアーに加えて、国宝である勝興寺や瑞龍寺などが所有する文化財での体験型コンテンツが欧米層インバウンドの集客要因に。通常は非公開の場所にも案内するなど、ここでしか体験できない希少性が高く評価されています。信仰を重んじる寺院へのアプローチや商品造成について、株式会社水と匠代表取締役の林口砂里さんに話を伺いました。
信仰篤い旧加賀藩領、ものづくりが盛んな「土徳」の地
―初めに、富山県西部の地域特性について教えてください。
富山県は「山が富む」と書くように、3000m級の立山連邦と水深1200mの深海を有する富山湾に囲まれた、厳しくも豊かな自然に恵まれたエリアです。
中でも江戸時代に加賀藩の領内であった県西部6市(高岡市、砺波市、南砺市、氷見市、射水市、小矢部市)は信仰に篤く、寺院や仏具を出発点とする高岡銅器や高岡漆器、井波彫刻などの伝統と革新のものづくりが現在も続いています。
製造業を中心に栄えたエリアであるため、観光に力を入れ始めたのは近年になってから。北陸新幹線開業を機に本格的な取り組みが始まりました。
―株式会社水と匠の設立経緯について教えてください。
2018年、観光に舵を切る国の施策として全国にDMO(観光地域づくり法人)を作っていく流れの中で、富山県西部でもそもそもDMOとは何なのか、観光を通した地域づくりとはどういうことかを学ぶ地域経済人たちによる勉強会が始まりました。
その後2019年に約80の企業・団体をメンバーとする地域連携DMO、一般社団法人富山県西部観光社 水と匠が設立され、その収益部門を担う組織として株式会社水と匠が2021年7月に設立されました。
当社では、散居村(さんきょそん)といわれるこのエリア独自の農村集落にある古民家を改修した宿「楽土庵」と、城端別院善徳寺の境内にあるホテル「杜人舎(もりとしゃ)」の運営を中心に、体験型コンテンツやツアーの造成・販売、地域事業者とともに開発製造した物販などを行っています。
▲散居村保全を目的とする屋敷林(カイニョ)のお手入れツアーは観光庁による「第3回サステナブルな旅アワード(2025年度)」大賞を受賞した。
―地域オリジナルの観光資源を見出すために、何から取り組んでいったのでしょうか。
私たちが最初に取り組んだのは、この地域のコアバリューを探ること。ビッグデータを活用した認知度調査の結果、「観光地」としてはほぼ認知されていないこと、それよりも「ものづくり」「デザイン」というキーワードで知られていることが見えてきました。
そこから自分たちのアイデンティティーを言語化していき、たどり着いた言葉が「土徳」です。「土徳」とは、民藝運動の創始者であり宗教学者でもある柳宗悦による造語であり、富山県南西部の精神風土を表した言葉といわれています。
富山を取り囲む厳しくも豊かな自然に対する畏怖や感謝の念、そこから育まれた信仰心やものづくり、食文化...全てにおいて人と自然が共生して作り上げてきたこの土地の空気・品格を「土徳」と呼び、それを観光客の皆様と共有していくことをミッションに掲げました。

▲富山県南西部は、豊かな自然を背景に地域ならではの精神風土が育まれてきた Photo by Nik van Der Giesen
―主なターゲット層について教えてください。
「ものづくり」「デザイン」というキーワードから「土徳」にたどり着いたことで、私たちはターゲット層を大きく2つ、「クリエイティブ・クラスター」と「モダンラグジュアリー」に設定しました。
「クリエイティブ・クラスター」とは、プロダクトだけでなくグラフィックデザインや建築、写真、料理、ファッションなど幅広い意味でのものづくりに興味をお持ちの方々をイメージしています。「モダンラグジュアリー」は新興の富裕層。格式やステータスに重きを置くクラシカルなラグジュアリーとは異なり、訪問先の伝統や固有の暮らし方、サステナブルやマインドフルネスなどに関心を示す方々だと位置付けています。
国内インバウンド問わず、華やかな観光スポットや五つ星ホテルはなくとも、このエリアの「土徳」に共感していただける方々を歓迎したい。皆がそういう思いで取り組んでいます。
敬意を持って通常非公開のお堂や独自の法要をコンテンツ化
―富山西部独自の観光資源の1つである寺院での体験型コンテンツづくりの際に、特に意識したことを教えてください。
観光に対する意識や背景は寺院ごとに異なります。例えば、同じ国宝寺院でも瑞龍寺さんはすでに観光客の受け入れを始めておられましたが、勝興寺さんは寺院を観光文化財化することに対する懸念を持っておられました。
ここで単に「観光客がたくさん来たら拝観料が増えます」と表面的なメリットをうったえても、信仰が篤いところほど響かないのではないかと感じます。それよりもお寺さんたちが何を大切にしているか、どういうところに課題を感じておられるのかを聞かせていただくことが、商品造成の第一歩です。
単なる観光商品づくりではなく、各寺院さんが長年大切に守ってこられた教えや文化を丁寧に伝えていく。そこを強く意識しながら信頼関係を築いていきました。
通常は非公開である勝興寺さんの経堂や奥書院の金の間を拝観するツアーを実現できたのも、由緒ある勝興寺の歴史や魅力を伝えるためには、どなたでも参拝できるエリアだけでなく特別なところを見せていただく必要性をご理解いただけたから、だと感じています。他にも寺院ごとの状況に合わせて何度も話し合いを重ねていきました。
―観光コンテンツ化に対して寺院側はどのような意識を持っているのでしょうか。
基本的にいま、日本各地の寺院さんたちが、現代の人口減少と少子高齢化、宗教離れに対して非常に強い危機感をお持ちだと思います。たとえば、高岡市にある国泰寺さんは国内でも数少ない臨済禅の道場で、臨済宗国泰寺派の総本山。これまで外部に開いたことがないお寺でしたが、やはり同様の危機感をお持ちで、こちらの呼びかけに耳を傾けてくださいました。まずはどんな文化財を所有されているのかを調査するところから取りかかり、観光客の動線やサイン作りなど一から作り上げていきました。
臨済禅固有の尺八演奏法要もご自分たちにとっては日頃の修行の延長で行われるものですが、外から見るとその教えに触れられる非常に貴重なプログラムになるのでは、とご提案させていただきました。
「Toyama week in London」で世界に拡散、マッチング重視のPR
―これまで、どのような旅行客層が富山西部エリアを訪れていますか。
2025年ツアーをアレンジした件数は約230組で、2つの宿を合わせると年間2500人の方々をお迎えしました。そのうちインバウンドは6割くらい。国別に見ると当初はイギリス、フランス、ドイツなどのヨーロッパ層が中心でしたが、昨年からアメリカの方々が増えてインバウンド全体の6割を占めています。最近はフィリピンやインドが増え、上海や香港からのリピーターの方々もいらっしゃいます。

▲楽土庵ではインバウンド向けの書道体験も行われている
人数的には少ないかもしれませんが、私たちがいつも心がけているのは"数だけを追わない"こと。それよりも、この土地の風景や積み上げてきた文化・伝統に価値を見出してくださるお客様とのマッチングを大切にしています。
あるときは、アメリカからいらしたご夫婦のリクエストで有機農法の米農家さんにお連れしたところ、帰国後奥様から「実は自分はライターで、あのときの農家さんを紹介する記事を書きたい」というご連絡をいただいたこともありました。お客様自身がメディアでPRしてくださる、本当にありがたい事例でした。
―インバウンド集客の販促活動のポイントを教えてください。
一番大きかった活動は2022年から3年間、富山県と一緒にロンドンで富山県デスティネーションキャンペーン「Toyama week in London」を開催したことです。現地で伝統産業の職人や和菓子職人のワークショップを開いたり、富山の伝統工芸品の販売やB to Bの商談会も実施しました。
このイベントが『The Times』などに紹介されたことで情報が英語圏を中心とする世界に拡散され、2023年、富山県はイギリスからの宿泊者数の伸び率が47都道府県中1位になりました。この他、ロンドンと中国、日本のPRエージェントともそれぞれ契約をしていて、各地の言語でリリースを配信、『ニューヨーク・タイムズ』を含め世界のメディアに取り上げられ、2022年から2025年にかけて海外319件・国内372件の露出がありました。
この他、販路の確保のためにILTMやWTMといった富裕層向け旅行代理店がバイヤーとして集まる旅行商談会に出展しています。そこで出会ったエージェントをファムトリップで富山に招聘し、このエリアの魅力を理解してもらったうえで送客に繋げています。
実際、海外のお客様にも寺院コンテンツはじめ、コーディネートした富山でのツアーが非常に好評なことからも、相性のいいお客様とのマッチングが続いていると実感しています。
変わらぬ「まちづくり」への想い、今後は地域商社的な役割も
―今後の展開を聞かせてください。
私たちのゴールは、まちづくりであることはこれからも変わりません。従来の旅行商品の造成や受け入れ体制の整備などの基盤はできてきましたが、一方で地域の空き家の増加や伝統産業の衰退など、地域の資源が急速に失われています。今後は旅行商品のようなソフト開発に加え、不動産開発などのハード面や地域事業者との商品開発など地域商社的な事業にも力を入れていきたいと考えています。
クリエイティブ・クラスター層やモダンラグジュアリー層の中には、「この農村光景や文化は絶対に後世に残した方がいい」と保全目的の不動産投資など地域に主体的かつ長期的に関わりたいという方々も増えています。最近は毎月、空き家巡りツアーも行っています。
心ある方々とともにこの土地の未来を考え、地域づくりにともに取り組んでいく。「観光」は確かにその入り口となり得ることを実感しています。

▲訪れる人達を魅了する地域の景観 Photo by Nik van Der Giesen
―最後に、全国の地域・自治体・DMO・観光業者の方々に向けてメッセージをお願いします。
地方のDMO・DMCの強みはやはり、地域の方々との連携が密に取れること。寺院関係者や伝統産業の職人、農業・漁業従事者など地域の企業・団体と密なコミュニケーションを積み上げ、そこでしか体験できない付加価値の高いコンテンツを作ることが、事業継続の面でも非常に重要だと感じています。
文化財の観光活用においても「文化財だから」という表面的な動機ではなく「それがこの土地の歴史・風土・精神を表す大切な観光資源の1つだから」という根源的なところをもう一度、関係者の方々で共有していただくのがよいのではないかと思います。
日本各地のDMO・DMCの方々が、宗派による儀礼の違いやお寺さんが大事にしていることを踏まえて誠実に「一緒にコンテンツ化していきませんか」と呼びかければ、きっと寺院側も歓迎してくださるはず。寺院の皆さんも共に課題に向き合ってくださる方たちを求めておられますので、積極的に門を叩いてみてはいかがでしょうか。
林口 砂里
株式会社水と匠 代表取締役
東京でアート・音楽マネジメントに携わったキャリアを活かし、2021年に一般社団法人富山県西部観光社 水と匠の収益事業を担う株式会社水と匠の代表取締役に就任。散居村の古民家を再生した宿「楽土庵」と城端別院善徳寺内にある宿「杜人舎」などをプロデュースし、欧米インバウンドからの注目を集める。


