2025年2月28日
ゲストに寄り添い訪日外国人旅行者に日本の魅力を伝える、通訳ガイドの仕事とは

インバウンドの拡大に伴い、日本各地で本物を求める好奇心旺盛な訪日外国人旅行者が増えています。外国人旅行者の満足度を高めるために、重要な役割を果たすのがガイドです。国家試験に合格したのち、「全国通訳案内士」として都道府県に登録を行って活動されている方々は、単に語学⼒が優秀であるだけでなく、日本全国の歴史・地理・文化などに関する幅広い知識・教養を持って⽇本を紹介するという重要な役割を持っています。 今回は、全国通訳案内士として活躍する伊藤映子さんに、ガイドの仕事の魅力や業務を行う際の心構え、ゲストへの日本文化の伝え方などについて伺いました。
日本文化の奥深さと魅力を海外のお客様に伝えたい
― 最初に、伊藤さんのご経歴や全国通訳案内士を志したきっかけについてお聞かせください。
全国通訳案内士を志したのは、日本の伝統文化の奥深さを海外の方にも伝えたいと思ったことがきっかけです。
私は2008年から全国通訳案内士として活動していますが、その原点は茶道講師などの日本文化講師です。また、それまではワイン関連の職にも携わっていました。茶道もワインも、背景に国の食文化や生活文化が関わっています。また、近代建築や現代アート、アニメなども含めた近現代の文化にも、何千年も昔から継承されている日本の文化の中で、進化や変化を繰り返し、現在までつながっているものが多くあります。
私は、そのつながりの奥深さに魅力を感じ、文化を伝えるということに大きな興味を持ちました。そして、海外のお客様が、そのような魅力に気付かずに帰ってしまうのではもったいないと思い、日本の文化の奥深さを多くの方に伝えられるよう、全国通訳案内士を目指しました。
伊藤さんが講師を務める茶道体験の様子 写真提供:伊藤 映子さん
― 全国通訳案内士という資格はどのようにして知ったのでしょうか。
若い頃に、知り合いから「旅行をしている人を案内して自分も楽しむことができる全国通訳案内士という仕事がある」と聞いたことが直接的なきっかけです。私はその時にこの資格を初めて知りました。
その頃の訪日外国人旅行者数は今よりずっと少なく、私が全国通訳案内士の資格を取得した2008年頃でも1,000万人以下でした。コロナ禍を越えて昨年2024年は過去最高の3,600万人を超える規模となるほどにインバウンド観光業界は急成長しています。全国通訳案内士の需要が増えながらも国内における認知度が需要に伴っていない要因は、業界の急成長によるところもあると思います。その中で、今、国家資格である全国通訳案内士の資格とその仕事について積極的に発信していくことの意味は大きいと思います。
まだ知らない方も多い資格だと思いますが、お客様と本当に楽しく過ごせる仕事だということを、多くの人に知っていただきたいです。
― 伊藤さんは、ガイドのお仕事のどのようなところに魅力を感じてらっしゃいますか。
ガイドの仕事の醍醐味は、お客様がまだご自身でも気が付いていない好奇心への気付きのきっかけを投げかけて、一緒に感動を共有できることだと思います。
また、この仕事は、ビジネスでの経験はもちろんですが、子育てや親の介護など様々な経験が活きます。こうした経験を活かせることがとても楽しく、私はガイドという仕事のとりこになっています。
ガイドとして必要不可欠な研鑽と不測の事態などへの対応力
― ガイドの仕事は歴史や文化、建築、食など、カバーしなければならない範囲が広いですが、情報収集や事前の準備も含めて、どのように自己研鑽をしているのでしょうか。
机上での勉強だけでなく、美術館でも博物館でも実際にその場に足を運び、自分の目で見て感じています。そのようにアンテナを高く張り、日々楽しみながら勉強を続けています。
特に、自分が詳しくない場所に行く際には、下見や準備はとても大切です。観光案内所に行って「どこを見ていただくと最も喜ばれるか」とポイントをお聞きしたり、その土地で暮らす人たちに地元愛をお伺いした上で現地を歩き、「ここではこの話をすると楽しいだろう」などということを、日頃から考えるようにしたりしています。
― 語学の面で日々取り組んでいることはありますか。
私の対応言語は英語ですが、様々な国・地域から日本に来る方がいるので、情報収集としてBBCをはじめとしたニュースはよく聞いています。けれども、ニュースキャスターのように丁寧に話す英語だけだとお客様とのコミュニケーションで違和感が出てしまいます。そのため、映画やテレビドラマなども見るようにしています。同じ番組を何度も見ることによって耳を慣らしていくなど、各国・地域の英語を聞き取れるようなトレーニングをしています。
― ガイド業務を行う際に、悪天候や不測の事態に見舞われた際にはどのように対応していますか。
まず、交通トラブル等でお約束している行程を進行することが難しい場合や即決することが難しい不測の事態の場合、エージェントやホテルのコンシェルジュ、観光案内所のスタッフなどの関係各所と連携して判断するようにしています。
また、旅程の変更も含めてお任せ頂いている案件で対応範囲内のことでしたら、お客様が心配されないようにポジティブに提案することが大切です。いずれにしても変更が発生する場合はお客様のご意向をよく伺うようにしています。
このようにできることをすべてしたうえで、たとえば悪天候により思い描いていた景色が見られなくても「今日のような日の方が珍しいから、むしろお客様はラッキーですよ」などとお話することもあります。
以前、ご夫婦のお客様を箱根に案内した際のことですが、大雨だったので海賊船に乗るのをやめて美術館に変更しようかと提案しました。ところがお客様は、「せっかく箱根に来たのだし、運航しているのなら乗船しよう」とおっしゃるので、景色がなにも見えないながらも海賊船に乗りました。他に乗客はいなかったため、海賊の衣装を着た船長さんを独占して一緒に写真を撮ったり、デッキで人目を気にすることなく映画『タイタニック』の真似をしたり、とても盛り上がりました。
海賊船(イメージ)
ゲストのニーズの探り方、複雑な日本の文化・歴史の伝え方
― ゲストのニーズの探り方や情報の伝え方について、どのような工夫をしていますか。
お客様との時間がたっぷりある場合は、お客様の一挙手一投足を見て、ちょっとした会話などから察してゲストのニーズを探ることができます。
けれども、時間がある時ばかりではありません。そのような場合は、大きな質問から投げかけて、ゲストはなにが好きかというニーズを探るという方法をとっています。
たとえば、以前、18歳の少年が1人で日本に来た時に、お会いした段階では予定がまったく決まっていませんでした。「どうして日本に来たの?」と尋ねると「両親から社会経験が必要だと説かれ、ひとり旅として日本に来た」とのこと。続いて「なにか好きなことはある?」と聞くと、答えは「よくわからない」でした。「好きなテレビ番組などはある?」との問いには「刀を振っているサムライはすごく面白いと思った」とおっしゃったのです。そこで、刀を展示している東京国立博物館に行き、少しずつ興味を絞っていきました。最初は展示内容を見てもピンと来ていない様子でしたが、次第に展示物に興味を示し、「やはり日本は歴史があるからいいよね」と語るほどになりました。日本の魅力を物凄い吸収力で学び、楽しんでいただきました。
情報の伝え方については、お客様によって千差万別です。日本に来る前に何冊も本を読み、本だけではわからないから日本に来たという方に対しては、最初から細かいことも交えてお話しします。
また、コミュニケーションをしているうちに、食に興味を示したお客様には「お寿司はこの時代にこうやってできたのが始まりで〜」のように深めていく形にしています。
お客様が旅の中で後悔することがないよう、ご要望をお伝えいただきやすい環境づくりを心がけています。
伊藤さん(左側)がゲストをご案内する様子 写真提供:伊藤 映子さん
― 日本の歴史や文化を説明する時に工夫していることはありますか。
「お客様の国の歴史ではいつ頃のことです」と話すと、わかりやすいと思います。先日はドラマ『SHOGUN 将軍』について、「ドラマの中で話されている言葉は今の日本人も話している言葉なの?」と聞かれました。当然私たちは「〜ござりまする」などという言い回しは使いません。そういった場合はシェークスピアを引き合いに出し、それと同じような時代の古典であることを説明すると、イメージが湧き、理解しやすくなります。
このように、日本の歴史や文化をご案内する場合には、よりお客様に伝わりやすいように、歴史上の出来事を現代にあるものでたとえたり、お客様の国の歴史ではこういう時代のこと、とたとえてご案内するようにしています。
― コロナ禍以降、訪日外国人旅行者が増加していますが、伊藤さんがご案内するお客様の間で人気が高まっていると感じるコンテンツなどありますか。
コロナ禍後は、観光地化されたところだけではなく、「日本での生活風景」を感じられるところの人気が高まっているように思います。そのため、お客様のご要望によっては、住宅地の中にある商店街でおやつを購入して近くの公園でピクニックをしたり、ボートに乗ったりして過ごすこともあります。
また、各地域の伝統工芸など「ここでしか見られない技術」を職人の方とお話ししながら見学したり体験したりすることも、とても人気が出ていると感じています。
― 最後に、伊藤さんが考える全国通訳案内士という仕事のやりがいや今後の展望についてお聞かせください。
全国通訳案内士としての仕事は、本当に日々感動できる仕事です。リピートしてくださるお客様の存在は、世界中に家族がいるような気持ちになります。私はそのような素敵なガイドの仕事が本当に大好きなので、全国通訳案内士という資格をもっともっと多くの方に知っていただきたいです。
全国通訳案内士が観光に関わる皆様と連携して業界を盛り上げていけることを、とても楽しみにしています。
伊藤 映子
英語全国通訳案内士(2008年~首都圏・全国各地)
日本文化講師(茶道・着付け・食文化・和菓子他)
ワインソムリエ・大学講師