2025年12月23日
JNTO地域セミナー(2025年度)「データで拓くインバウンド戦略~オープンデータ×ローカルデータの活用をどう進めるか」開催レポート

日本政府観光局(JNTO)は2025年11月14日、自治体・DMO・民間事業者を対象に「データ活用」をテーマとしたオンラインセミナーを開催しました。本セミナーは、2024年度の基礎編の続編で、今年は“オープンデータを現状把握に使う”段階から一歩進み、“データを活用して地域の強みを見極め、ターゲティングや戦略立案へつなげる”ことに焦点を当てています。 講演には、JNTO高度専門人材/JTB総合研究所フェローの黒須宏志氏が登壇し、オープンデータとローカルデータを戦略へつなげる考え方や地域事例を紹介しました。 本記事ではそのポイントを要約して解説します。
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JNTO高度専門人材(調査、マーケティング分野)/ (株) JTB総合研究所 フェロー 黒須 宏志 氏(くろす ひろし) 京都大学文学部卒業後、1987年JTB 入社。89年に財団法人日本交通公社に移籍。2013年12月からJTB 総合研究所に出向、主席研究員。15年4月執行役員。19年4月から現職。旅行市場動向のリサーチャーとして講演・寄稿などで活躍。 |
講演「データ活用の次なる一歩~インバウンド戦略とターゲティングのヒント~」
オープンデータで地域の戦略はどう変わる?
オープンデータの充実により、誰もが多様な統計に触れられるようになりました。しかし、データを集めただけで戦略が生まれるわけではありません。出発点となるのは「地域として何を目指すのか」という明確な目標で、これが定まらなければ分析は"現状把握"の域を出ません。
データ活用には段階があり、まずは数字を確認する「レベル1」、次に目指す方向に基づき戦略やターゲットを考える「レベル2」へ進むことが重要です。

講演資料抜粋 提供:黒須宏志様
2024年度の講座でも、オープンデータはローカルデータの代替ではなく、広域比較を通じて自地域の立ち位置を把握するためのものだと強調しました。都道府県単位であっても、他地域と比べることで強み・弱みが見えてきます。

講演資料抜粋 提供:黒須宏志様
2025年度の講演では、比較から得た示唆を「戦略」や「ターゲティング」へ落とし込む視点に重点を置いています。重要なのは数字そのものではなく「なぜこの結果なのか」を考える姿勢です。消費額を伸ばしたいのか、地方分散を進めたいのか、来訪者数を増やしたいのか。目標によって必要なデータも分析軸も変わります。データから得た示唆をもとに「目標」と「戦略・ターゲティング」を往復しながら磨いていくプロセスが求められます。
レベル1とレベル2の違いは、手法よりも分析時の"意識"にあります。単に数字を見るだけでは戦略策定にはつながりません。「なぜこうなっているのか」「背景に何があるのか」と問いを立て、仮説を考える姿勢がレベル2の起点です。

講演資料抜粋 提供:黒須宏志様
数字を比較し、疑問を持ち、戦略へと結びつける思考こそがオープンデータの価値を引き出します。観光の現場でデータを活かしたい方にとって、このレベル2の考え方を理解することが、実践的なデータ活用への第一歩となります。
東北を例に学ぶ「仮説→検証→ターゲティング」の実践プロセス
ここからは、具体的なデータを使いながら、レベル2の分析を東北の事例で見ていきます。特に近年、多くの地域で関心の高い「消費額向上」という視点で、観光庁の「インバウンド消費動向調査」をもとに東北の状況を整理し、戦略づくりの示唆を探ります。 まず、同調査で地域別の域内消費単価を確認すると、東北は8.3万円と全国的に低い水準です。ただ数字を確認するだけではレベル1の現状把握にとどまり、「なぜ低いのか」と理由を探る姿勢がレベル2の入口となります。
仮説としては、泊数の短さ、ショッピング環境、物価水準などが想定されます。仮説を立てて、データで1つずつ確かめていく姿勢が求められます。
この分析例では、消費単価と泊数をバブルチャートで可視化すると、泊数が長い地域ほど単価も高いという相関が見えてきました。

講演資料抜粋 提供:黒須宏志様
さて泊数が大事だと分かったのはいいのですが「泊数を伸ばす」にはどうすればいいでしょうか。戦略は具体的な施策に結び付くものでないといけません。もう一段掘り下げてみましょう。訪問地域別の入国空港に着目します。すると、関東や近畿を始め、北海道・九州・沖縄は約8〜9割と自地域の空港利用率が高く、自地域の空港利用率が高い地域では域内泊数・単価も高いことが分かります。一方、東北は域内空港の利用が約3割と低く、多くが成田・羽田での入国となっています。
青森県訪問者に絞ってみると、青森空港で入国した旅行者は他空港の入国者より消費単価も泊数も高いという結果です。ここまで読み解くと、「直行便利用者」を軸とする戦略の立て方が見えてきます。
気づきを戦略に落とし込む際、"汎用性の高い分析の切り口"としてお勧めなのが「市場別に分解して確認する」方法です。訪日経験や消費単価、訪問率といった指標を市場別に分解してみることで、優先すべき市場が明確になります。現場でよく語られる「市場ごとの特徴」の感覚を、データで裏付けながら整理できる点でも、実務に落とし込みやすい分析手法です。
このように、仮説を立て、データで検証し、打ち手につなげるプロセスを繰り返しながら戦略につなげていくことがレベル2の分析です。もし検証しても有効な施策に結びつかない場合は、目標そのものや分析の切り口に立ち戻りましょう。オープンデータは、この思考プロセスを経て初めて戦略の武器となります。

講演資料抜粋 提供:黒須宏志様
今日から使えるオープンデータ活用法
今回紹介したさまざまなチャートは、一見複雑な集計をしているように見えるかもしれませんが、実際には観光庁が統計のホームページで公開している集計表の数字をそのまま使っています。宿泊数や消費単価、訪日経験、入国空港比率など、戦略づくりに必要な基礎情報はすべてExcel形式で公開されており、この集計表だけでもかなりの分析が可能です。
特定の県訪問者の詳細など、より深い分析が必要な場合は、ローデータが必要になります。補正係数の扱いなど多少の慣れは必要ですが、使い方の解説も公開されており、都道府県単位の分析なら十分実用的です。
今後は「RESAS(リーサス)」が市区町村別の訪日外国人旅行者データも公開予定で、地域レベルの分析環境は一層充実していきます。RESASは、インバウンド消費動向調査やFFデータ(訪日外国人流動データ)をワンクリックで可視化できるため、初心者でも使いやすいツールです。重要なのは、こうしたツールを活用しながらデータに継続的に触れ、「なぜ」を問い続けて読み解く姿勢であり、それが戦略立案の質を大きく高めます。
<オープンデータ>
インバウンド消費動向調査:https://www.mlit.go.jp/kankocho/tokei_hakusyo/gaikokujinshohidoko.html
インバウンド消費動向調査個票データ利用の手引き
※「インバウンド消費動向調査」ページ内「調査票情報(個票データ)の提供について」部分にあり
https://www.mlit.go.jp/kankocho/tokei_hakusyo/gaikokujinshohidoko.html
FFデータ :https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/soukou/sogoseisaku_soukou_fr_000022.html
RESAS(リーサス) :https://resas.go.jp/
トークセッション「地域理解」の第一歩 観光特性とローカルデータから課題を掘り起こす
トークセッションは、以下のとおり実施しました。
登壇者:
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青森県弘前市 観光部国際広域観光課長 兼 DMO推進室長 原子 覚 氏 青森県大鰐町出身。弘前市役所に1989年入庁。公園緑地課、農政課、広聴広報課などを経て、本年4月から現職。2020年の一般社団法人ClanPEONY津軽の設立及び2022年の同法人のDMO登録に携わる。現在は、弘前市インバウンド推進協議会事務局長を務め、津軽圏域の誘客促進に従事している。 |
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青森県弘前市 観光部国際広域観光課主事 福士 太陽 氏 青森県平川市出身。弘前市役所に2018年入庁。国保年金課、観光課を経て、2023年4月より日本政府観光局(JNTO)海外プロモーション部へ出向、本年4月から現職。JNTOでは欧米豪・中東市場を担当し、主に英国、イタリア市場を担当。現在は、弘前市インバウンド推進協議会事務局を担当している。 |
モデレーター:
JNTO高度専門人材(調査、マーケティング分野)/株式会社 JTB総合研究所 フェロー
黒須 宏志 氏
弘前市は青森県西部の人口約15万人の都市で、弘前公園の桜、ねぷた祭り、岩木山、りんご体験など多彩な観光資源を持ち、訪日外国人旅行者のピークは春と夏に訪れます。青森県弘前市、観光部国際広域観光課長の原子氏によると、特徴的なのは訪日経験4回以上の"経験豊富な旅行者"が75%を占めている点で、日本の深い魅力を求める層が弘前を選んでいることが分かります。
2024年度からは独自アンケートを導入し、市内2施設を訪れた訪日外国人旅行者を対象に、QRコードからのウェブ回答方式で実施。りんごジュースを景品とする工夫により、約2,000件の回答を得ました。分析の結果、訪問回数が多い旅行者ほど宿泊割合が6割以上と高く、支出額も増える傾向が確認されました。一方で全体の47%が日帰りで、宿泊につなげる仕組みづくりが課題として浮かび上がっています。訪日経験だけでなく「地域の訪問経験」を把握することが、具体的な打ち手を導くうえで重要であることを示す好例といえます。
実践で浮き彫りになったローデータの"初心者の壁"
続いて青森県弘前市、観光部国際広域観光課主事の福士氏から、観光庁のFFデータを用いた分析結果事例が共有されました。青森県を訪れる旅行者の移動手段を2019年と2023年で比較すると、鉄道利用が10ポイント減り、レンタカーが13ポイント増えるという大きな変化が確認されました。特に東京・千葉からの鉄道利用が減少しており、JRパス値上げの影響が考えられます。一方で、レンタカー増加は周遊促進の観点では追い風で、地域内移動を補う可能性も示されました。
黒須氏は、同様の傾向は全国でも見られると補足。経験値の高い訪日外国人旅行者ほどレンタカーを選ぶ傾向があり、青森・仙台空港で入国した旅行者の利用率が高いというデータもあります。市場別では香港・韓国が高く、台湾は低め。こうした違いを把握することで、交通施策やターゲティングに具体性を持たせることができます。
今回の分析にあたり、弘前市はローデータ(FFデータ)を扱った分析にも挑戦しました。福士氏は「公開マニュアルを読んでも、自分たちが欲しいデータの整理方法が分からず、計算結果が正しいか確認するのも大変だった」と振り返ります。最終的には市の統計セミナーで専門家が算出した過去データと照合しながら計算式を習得しましたが、「初心者には大きなハードルがある」と率直な課題も示しました。
これを受け黒須氏は、ローデータ分析には取り扱い方法に関するより実践的な情報提供が必要だと指摘。公開されている集計分析例と突き合わせながら進めれば、一歩ずつ確実に取り組めると述べています。
ローカルデータ×オープンデータで見える、地域の狙いどころ
最後に、弘前市が検討中のターゲット市場について議論が行われました。重点市場は、東北全体で強化している台湾、歴史的なつながりのあるシンガポール、レンタカー利用が多く周遊と相性の良い香港の3つ。加えて福士氏は「伸び悩んでいるが可能性の高い市場」としてタイに注目していると述べました。
黒須氏は前半で示したXY図をもとに、東北を訪れるタイ旅行者の特徴を解説。訪日経験は平均8回と高い一方で滞在日数が短いために、消費単価が低い点を指摘しました。対照的に北海道では、直行便により訪日経験の浅い層でも長期滞在・高単価となっています。12月に仙台―バンコク直行便が就航予定であることから、東北でも滞在延長・単価向上の余地は大きいと述べました。

講演資料抜粋 提供:黒須宏志様
原子氏は、弘前市ではコロナ禍前はタイ市場へアプローチしていたものの、コロナ禍後は十分に追えておらず、2024年の宿泊データでも2019年を超えられていない状況を共有。訪日経験の浅い層にリーチできていない可能性を課題としたうえで、ローカルデータとオープンデータを組み合わせて市場を再定義し、VISIT JAPANトラベル&MICEマート等を活用しながら戦略を磨いていく方針を示しました。
トークセッションの締めくくりでは、ローカルデータとオープンデータを「照らし合わせる姿勢」の重要性が再度強調されました。ローカルデータで気づきを得て、オープンデータで裏付け、事業や市場に合った施策へとつなげる。このプロセスこそが、地域が今日から実践できるデータ活用の第一歩であるとまとめられました。
質疑応答
視聴者の皆様から多かったご質問を抜粋し、お答えします。
Q 市が実施するアンケート設問の工夫は?
A 弘前市では、インバウンド消費動向調査の項目を一部そのまま採用し、国のデータと比較できる設計にしています。地域独自の傾向だけでなく、全国や周辺地域との差分も把握でき、戦略立案の精度向上につながります。黒須氏も「ローカルデータはオープンデータと比較できてこそ価値が出る」と述べ、自治体がアンケートを作る際に重要な視点だと強調しました。
Q データをどう整理・分析すればよいか。初心者が取るべき実践的ステップは?
A 黒須氏は、本セミナーや昨年の基礎編も参考にしつつ、「まずはやってみることが出発点」と強調しました。福士氏も、FFデータを扱う中で「気づきの種」が増えていったと述べ、青森に限らず東北・道南まで広げて流入を比較したり、鉄道到着とバス出発の接続ラグを確認するなど、データ整理そのものが次の仮説づくりにつながったと説明。流し見ではなく、手を動かすことが何より大切です。
Q ゴールデンルート外の地域はどのようにプロモーションを考えるべきか?
A 黒須氏は、まず「自地域に来ている旅行者の可視化」が第一歩だと強調します。入国空港、滞在日数、訪日経験など、オープンデータだけでも地域の立ち位置を把握できます。
原子氏は「地方がゴールデンルート外であることを悲観する必要はない」とし、近年は"知らない日本"を求める旅行者が増えている点を指摘します。旅行者の動きをオープンデータで見える化することが、地域自身が「自分たちのルート」を描く第一歩になると述べました。



