2024年7月31日
インバウンド入門セミナー実施レポート~訪日旅行の初歩を学ぶ!インバウンド最新動向と地域事例の紹介~
インバウンド需要が大きく回復しているなか、自治体やDMO、観光関連事業者の中には、初めてインバウンド業務を担当することになった方、インバウンド誘致の進め方に悩んでいる方、あらためて基礎をおさらいしたい方も数多くいらっしゃるのではないでしょうか。日本政府観光局(JNTO)では、2024年5月15日に「訪日旅行の初歩を学ぶ!インバウンドの入門セミナー~最新動向と地域事例~」を開催し、株式会社やまとごころ代表取締役でインバウンド戦略アドバイザーの村山慶輔さんに、最新動向から基本的な考え方、取り組む上でのステップ、地域事例についてご講演いただきました。
本記事では、セミナーでのポイントをご紹介します。
村山慶輔(むらやまけいすけ)
兵庫県神戸市出身。米国ウィスコンシン大学マディソン校卒。アクセンチュア(戦略グループ)を経て、2007年より国内最大級の観光総合情報サイト「やまとごころ.jp」を運営。内閣府「観光戦略実行推進 有識者会議」メンバーなど、国や地域の観光政策に携わる。『観光再生 サステナブルな地域をつくる28のキーワード』(プレジデント社)など著書多数。 |
インバウンドの最新動向を知る
現在インバウンドは急回復を遂げています。2023年の訪日外国人旅行者数は2500万人を超え、コロナ前の2019年比で8割まで回復しました。また、消費額においては過去最高の5兆円超えを果たしました。その理由の1つとして、円安が後押ししていることが考えられます。海外から日本に足を運び、消費がしやすくなっている状況です。訪日外国人旅行消費額の費目別構成費を見ると、娯楽等サービス費は全体の5.1%に過ぎませんが、伸び率に着目すると、2019年比で40%増加しています。
一方で買物代に目を向けると、対19年比で16%減でした。これは、モノからコトへの比重が高まっているということです。
こうした我が国の観光の復活に向けては「地方誘客促進」がカギとなります。国のインバウンド戦略の根幹の1つに「いかに地方にお金を落としてもらうか」があります。2023年に新たに策定された観光立国推進基本計画の目標の1つとして、2025年までに訪日外国人旅行者一人当たりの地方部宿泊数2泊が掲げられています。
外国人の関心も地方に向いており、JNTOの「VJ重点市場基礎調査(2023年)」によると、すでに東アジア・東南アジアからの訪日外国人旅行者の地方訪問希望率が8割、欧米豪・中東でも5割~7割前後となりました。近年では、ニューヨークタイムズ誌の、世界で行くべき場所に山口市、盛岡市が選ばれるなど、地方への関心も高まっています。では、こうした需要を地域に取り込むためにはどのようにすれば良いのでしょうか。
4つの最新トレンドを押さえる
インバウンド需要を地域に取り込むには、まずは、トレンドの変化を押さえることが重要です。最新の観光トレンドとして、「開放感(オープンエア)」「滞在型」「地域・人との触れ合い」「サステナブルが重視される」の4つを紹介します。一つ目の開放感(オープンエア)は、アウトドアのアクティビティ等の人気があり世界的にも注目が集まっています。「アドベンチャートラベル(AT)」は、自然資源の豊富な日本において取り組みやすく、魅力的な分野です。ATとは、自然、異文化体験、身体的活動のうち2つ以上が主目的である旅行のことです。市場規模が約72兆円と高く、2012年以来、年率平均で21%成長しています。
消費額も、一般的な旅行者の1.7倍~2.5倍です。ATの旅行者にとって伝統文化や地域コミュニティーが大きな魅力になり、消費額の65%が地域に還元されるなど、地域の持続性にも寄与します。なかでも歩く旅は世界的に人気が高まっており、日本ではみちのく潮風トレイルが海外メディアから注目を集めています。
二つ目は「滞在型の旅行」です。リモートワークの普及により、日本も2024年4月からデジタルノマドビザ制度を施行しました。デジタルノマドとは、働く場所を選ばずにテレワーク形式でどこでも仕事ができるライフスタイルです。
世界的な市場規模は、将来的に100兆円を超えると言われています。ビザの発給要件の一つが「年収1000万円以上」で、日本に長期間にわたって滞在できることから消費額の高まりが予想できます。日本では現在、福岡市が世界からメディアやインフルエンサーを招致したりコワーキングスペースを充実させたりと、力を入れています。滞在期間、消費額、リピート客が増えれば、関係人口、移住にもつながる可能性があります。
三つ目のキーワードは「地域・人との触れ合い」です。これまでの観光は宿泊・飲食・小売り、観光スポットなどが主流でしたが、海外の旅行会社の方々とコミュニケーションを取ると、物見遊山な観光よりも一歩踏み込んだその地域ならではの体験や、地域の職人と触れ合いたいとのリクエストが非常に増えていることが分かりました。
一例として、岐阜県の飛騨古川で英語ガイドとともに古い街並みや里山を巡る「里山エクスペリエンス」は、インバウンドに大人気で、地元の人との触れ合いが人気の秘訣です。
これからは地域の暮らしや住民との接点が求められるようになります。すなわち、これまで観光地ではなかった場所に人が行くようになるため、オーバーツーリズムの解消との関連性も出てきます。観光は外貨を稼ぐ産業であり、その外貨がいかに地域に還元されているのか。観光の価値を地域で可視化していくのも大切なポイントです。
四つ目は「サステナブルが重視される」です。旅行者もサステナブルな対応をしているエリア、施設を選ぶ傾向に向かっています。たとえば、熊本県阿蘇市で草原をマウンテンバイクで走る人気アクティビティは、牛の健康を守るためのごみ拾いタイムを設けたり、草原に入る前にタイヤと靴を口蹄疫予防のために消毒するなど、地域に貢献し環境に負荷をかけないツアーを展開しています。旅行先の地域資源を生かすことに賛同する参加者が少なくありません。観光で得た収益の一部を自然保護、福祉、農業整備などに還元する取り組みも出てきています。
出典:株式会社やまとごころ
CP これからの観光は地域の暮らしや住民との接点が求められる
インバウンドに取り組む目的を明確にし、土地勘を養う
実際にインバウンドに取り組む前に考えるべきことは、「なぜインバウンドに取り組むのか。目的を明確にする」ということです。過去を振り返ると、東日本大震災、コロナをはじめ何度もインバウンドが減少するタイミングがありました。インバウンドを誘客する目的を明確にしておかないと、なにか大きな課題に直面した際にインバウンドの受け入れを継続するべきかどうか気持ちが揺らいでしまいます。
実際、沖縄のゴルフリゾートでは、海外からゴルファーがツアーでたくさん訪れ、プレー中のマナー問題が発生することが多く現場が疲弊し、スタッフから社長へ「インバウンドはもうやりたくない」との声が上がったケースがありました。A)日本人客に特化する、B)マナー問題が起きないよう対策を打つ、C)もう少し様子をみる、という3つの選択肢の中からこのゴルフリゾートが選択したのはB。中長期的にゴルフリゾートを存続させていく目的があったからこそ、対策を打つことでインバウンドを受け入れていく方針を貫いたのです。
また、インバウンド初心者にとっては、土地勘を養うことも重要です。土地勘を養うには「顧客(訪日外国人旅行者)を知る」「国内のインバウンド業界を知る」という大きく二つの視点があると考えられます。前者は現地へ行き、商談会や旅行会社を訪問して話を聞く、商業施設で商品や価格を見て生活習慣を知る、書店の旅行ガイドブックコーナーを視察する、日本国内で開催されている各種セミナーに参加する。後者は国内のインバウンド業界の交流会に参加、関連協会に加入して情報交換するといった活動です。訪日外客統計をはじめとしたJNTOや観光庁の統計も押さえておきたい情報収集源です。
全体像からステップで考える
インバウンド対策では、集客、インフラ整備、キャッシュレス、語学、ベジタリアン対応、商品造成などが挙げられますが、羅列するだけでは混乱してしまいます。そのためインバウンドの取り組みを全体像からステップで考えることを提案しています。
出典:株式会社やまとごころ
CP インバウンドに向けて取り組むべきこと
ステップは、大きく分けて5つ。「戦略立案」「商品造成」「プロモーション」「受入整備」「地域連携」の順です。
まず、「戦略立案」を構成するのは「現状把握」、達成するための「計画」、「ゴール・理想像」の3要素です。「現状把握」は顧客、自社、競合の3つのマーケティング環境を分析する3C分析が有効です。
とはいえ、旅行者層や、趣味・嗜好、食事・宗教等への対応などターゲット、ニーズは幅広く、その絞り込みに悩むこともあるでしょう。ヒントを申し上げると、すでに訪問客が多いターゲット、ニーズはもちろんですが、近隣エリアが注力している市場に相乗りすると、相乗効果が期待できるのではないでしょうか。自社・自地域の強みが活きる市場はもちろん、競合がまだ手を付けていない市場を狙う手もあります。
2番目のステップである「商品造成」については、外国人目線で自社・自地域の魅力を把握することが鍵となります。日本人にとっては素朴な田舎の自然、ラッシュ時の満員電車が外国人にとっては手つかずの魅力的な自然、日本の通勤事情を知るワンシーンになります。とにかく「訪日外国人旅行者」にニーズを聞いてみることに加え、トリップアドバイザーなどの口コミサイト、現地のECサイトの売れ筋などをチェックすることをおすすめします。たとえば、世界最大級のチケット・体験販売プラットフォーム「GerYourGuide」で、東京で一番人気のツアーは、「ミニボウル6杯のラーメン テイスティングツアー」です。私も実際に参加したところ、ミニボウルで塩、醤油、味噌など異なるメニューを提供していること、ガイドの品質を担保する仕組み、1万6000円台からという絶妙な値付けが成功のポイントだと感じました。原価にマージン利益を乗せて値付けをするより、世界水準を調べ、訪日外国人旅行者がきちんと価値を見出せる価格を設定することが重要ということです。
3番目の「プロモーション」において、インバウンドの集客方法は大きく分けて、海外の現地旅行代理店、インターネット・OTA・自社サイト、国内のDMC・ランドオペレーター、観光案内所をはじめとした周辺エリア・街の4つです。この中で、自分の地域にとって何が最適かを意識してプロモーションに取り組んでいただきたいと思います。もっとも、観光庁の2023年「訪日外国人消費動向調査(現・インバウンド消費動向調査)」によると、出発前に得た旅行情報源で役に立ったもののトップ3は動画サイト(35.2%)、SNS(32.5%)、個人のブログ(27.4%)と圧倒的にインターネットが強いのが現状です。狙っている市場、訪日外国人旅行者が何を見ているのか、それを踏まえた上での情報発信が重要です。さらに、インバウンド集客の最大の肝は口コミです。トリップアドバイザーとGoogleマップの活用は、もはや必須となっています。インバウンドの取り組みをする際には必ず押さえたいポイントです。
4番目の「受入整備」も、全体像を押さえて対応を進めることが重要です。具体的に滞在時間を延ばす施策、満足度を高める施策、お金に関する施策、リスク管理のための施策、ダイバーシティに対応する施策などがあります。特に、日本は災害が少なくありません。盲点になりがちですが、台風、地震を含め災害が発生した時にどう対応していくか。危機管理のための対策は必須事項です。
出典:株式会社やまとごころ
CP 受入整備の全体像を押さえて対応を進める
最後の「地域連携」については、岐阜県高山市の取り組み事例をご紹介したいと思います。人口約9万人弱(2019年時点)の街に、約62万人の訪日外国人旅行者が訪れ、観光消費額は市の総生産額の約4分の1を占めています。1986年に国際観光都市を宣言し、外国人がひとり歩きできる街を目指し、街中での多言語対応、外国語HP制作、台湾でのPR活動など発信を強化してきました。特に面白いのは、高山市は、統合的に予算をつけて、インバウンド、物販、交流の三位一体で推進していることです。民間と行政の立ち位置の違いをうまく使い分け、民間がビジネスをし、行政がその下支えを行っていくという考え方に則って取り組みを展開していきました。
さらに、高山市だけでなく、周辺の松本市や白川郷、金沢市など他地域との広域連携を通じ、面でインバウンドを獲得しようと進めています。高山市の田中明市長による「経済効果はもちろん、インバウンド対応が自分たちのアイデンティティーの確立や伝統工芸、文化の継承にもつながる」というコメントがとても印象的です。
繰り返しになりますが、インバウンドはブームではなくトレンドであり、伸びしろしかありません。インバウンド対応は未来の先取りであり、何もしないでは呼び込めません。中長期での取り組みが大切と言えるでしょう。持続可能な観光を意識し、地域や企業にとってまだ着手してないところから取り組んでいただきたいと考えています。
質疑応答一例
視聴者の皆様から多かったご質問を抜粋し、お答えします。
Q インバウンドに取り組むうえで特に注意すべきこと、陥りがちな失敗例があれば教えてください
A インバウンドで陥りがちな失敗例を「やってはいけない3つのNG」としてご紹介します。 一つ目は、「戦略がない」です。『自然や名所、山の幸、海の幸。何でもあります』と総花的な紹介をしてしまうと、結局のところ何がウリか分かりません。そういった地域の観光パンフレットの地名を隠してみると、どこの地域か分からなくなってしまいます。良い例としては、三重県は自然や名所と合わせ、ゴルフツーリズムを前面に押し出してプロモーションすることで、世界のゴルフ専門の旅行会社において知名度を高めました。二つ目は「日本人だけで考える」です。日本人には、何が外国人旅行者の興味を引くのかが分からないということです。インバウンドは外国人に呼び込んでもらうのが一番で、たとえば米国人は米国人自身が感動したものにより興味を持ちます。三つ目は「コンテンツばかりでプロダクト(商品)がない」です。インバウンドは来るけれどお金が落ちないという相談をよくいただきます。プロダクトを掘り下げるためには、まず体験・アクティビティのオンラインサイトをチェックしてみてください。類似のサイトを研究することで、自地域の商品の見直しを行うことができます。
Q 地域のキラーコンテンツを発見する方法を教えてください。
A ニーズやトレンドに合致したコンテンツは訴求力が高いです。なかでも食は常に人気のテーマで、ガストロノミーツーリズムとして地域ならではの食、食文化を楽しむ人が増えています。たとえば、青森県弘前市のインバウンド向け観桜会は、1名4万円で200名以上の集客に成功しており、地元の食、酒、忍者などを組み込み企画しているのが秘訣です。海外のニーズと地元の観光資源の掛け合わせがポイントです。
Q 市内の二次交通が悪く、周遊してもらえません。二次交通対策で効果的な事例はありますか。
A 周遊を促すため、多くの自治体が「1日乗車券」の施策を打ち出しています。一例として広島市では、「広島たびパス」という市電、バス、フェリーが利用できる1日乗車券を提供。複数の交通手段が利用できるため、観光プランの柔軟性が高まり、市内と周辺地域を効率良く周遊できると利用者から評価を得ています。リーズナブルさをタビマエの段階でアピールすることも大切です。
参考サイト
<JNTO>
◆訪日外客統計(毎月第3水曜更新)
前月の訪日外客数の合計、国・地域別の人数を発表。
https://www.jnto.go.jp/statistics/data/visitors-statistics/
<観光庁>
◆宿泊旅行統計調査(毎月月末に更新)
日本人及び外国人の宿泊旅行の実態等を把握する調査
https://www.mlit.go.jp/kankocho/tokei_hakusyo/shukuhakutokei.html
◆インバウンド消費動向調査(旧・訪日外国人消費動向調査)(四半期に1回更新)
訪日外国人旅行客の消費実態等を把握調査
旅行消費額、旅行者属性、その他満足度などを計測
https://www.mlit.go.jp/kankocho/tokei_hakusyo/gaikokujinshohidoko.html