2026年8月31日
生成AIで観光データを施策に活かす ~熱海市・熱海観光局に学ぶ、観光DXの実践~

▲©熱海観光局
観光地には、旅行者が残す口コミ、Web上の検索行動、観光案内所に寄せられる問い合わせなど、マーケティングの宝庫となるデータが日々蓄積されています。しかし、人材不足やノウハウ不足から、これらの貴重なデータが整理されぬまま眠り、施策に活かしきれていないケースは少なくありません。こうした中、静岡県熱海市では、生成AIを導入し、データ収集・整理・分析から地域への情報共有を行う仕組みを構築し、課題解決への道筋を見出しました。民間企業の協力のもと、市とともに観光DXを進める一般財団法人熱海観光局のCEO、上田和佳さんにお話を伺いました。
観光DXへの3つの壁、乗り越える切り札は生成AI
―熱海観光局が、生成AIを活用した観光DXに取り組むようになった背景を教えてください。
熱海観光局は、2024年7月に設立され、2025年4月に本格始動しました。ミッションのひとつに、熱海市が掲げる「閑散期や平日における旅行需要の平準化」というKGI(重要目標達成指標)の達成があります。しかし、この目標達成に向けてマーケティングを進めるうえで、私たちは3つの課題に直面しました。ひとつ目は、「データの未整理」です。これまで蓄積されていた統計データは収集範囲が狭く、統一性もなかったために活用しづらい状態でした。ふたつ目が「人的リソースの不足」です。DMOの発足当初、職員は私を含めてわずか3名。データを集めても、整理、分析する手が不足していました。そして3つ目が「ノウハウの不足」です。これらの課題を解決するためにたどり着いたのが、生成AIを活用した観光DXでした。
既存ツールと生成AIで実現ー自律的にデータを収集・共有する仕組み
―3名でのスタートから、具体的にどのような「体制」を築いて生成AIの導入を進めたのでしょうか。また、AIをマーケティング活動のどんな場面で活用しているのかも教えてください。
熱海市が観光基本計画を定め、その方針に沿って、私たち熱海観光局が戦略を定め、具体的な施策を実行しています。そして、AIのシステム整備やテクニカルな面での全体コーディネートは、リクルートじゃらんリサーチセンターに協力いただくというチーム体制をとっています。
こうした中で、生成AIは大きく2つの役割を担っています。ひとつは、「データの収集・整理・分析」、そしてもうひとつが、分析した結果をチームの関係者、および市内の事業者へ共有する「レポートの作成」です。
―まずは「データの収集」について伺います。どのような生成AIを使い、どんなデータを収集していますか。
使用している生成AIは、有料版のChatGPTとClaudeの2種類です。特殊なシステムではなく、一般的にどなたでも利用できるAIを活用しています。現在、AIを使ってウェブ上から自動で収集している公開データは、延べ宿泊者数とその国内外の比率、熱海市を訪れる国籍別の来訪者数、国内旅行者の居住地(都道府県)、消費額などです。熱海市だけでなく、温泉地として私たちがベンチマークを置いているエリアの公開データも拾っています。さらに、熱海の認知度に関する情報も収集しています。国内に加え、ターゲット市場であるアメリカ、台湾、タイを中心に、メディアへの熱海の掲載情報や、Googleの検索データを集めています。たとえば、熱海について旅行者がGoogle検索を行うときにどんな言葉が使用されているか、また、どんな施設が検索されているかといったデータです。あわせて、熱海市内の主要な観光関連施設におけるGoogleビジネスプロフィールの口コミデータから、日本人、外国人双方の口コミも拾い上げており、どのようなデータを観測すれば目標(KGI)の達成に近づけるか。集めるべきデータの見極めは非常に重要な部分で、チームでもかなりの時間をかけて議論しました。現在も検討を続けています。
こうして定めたデータを、AIが自動でWeb上を巡回して収集できるようになるまで、約8ヵ月にわたって試行錯誤を重ねました。なかでもプロンプト(生成AIに与える指示文)の設計は苦労した部分で、チームで1週間ごとに議論を重ね、エンジニア担当者と度重なる調整・改修を行いました。こうした継続的な取り組みの結果、現在では、AIが自律的にデータを収集する仕組みを確立しています。

▲観光データを可視化するAIダッシュボード ©熱海観光局
―AIが収集した膨大なデータは、どのように整理・共有されているのでしょうか。
AIが収集したデータは、すべて「AIダッシュボード」にまとめられます。ダッシュボード上で自動的にグラフ化され、チームの関係者がいつでもアクセスして最新データを見られる状態になっています。このAIダッシュボードは、ゼロからシステム開発したわけではなく、Googleが提供している「Data Studio(旧 Looker Studio)」という既存のダッシュボードツールを利用し、まずはスモールスタートで構築しました。莫大な予算をかけた独自プラットフォームではありませんが、その分見やすいデザインという点にはこだわっています。
その後、よりAIと連動して効率的にデータ更新や分析が行えるよう、Webアプリケーションとしてリニューアルいたしました。
AIダッシュボードは、関係者がいつでも閲覧できる状態になっていますが、日常の業務に追われる中では、確認の優先順位が下がってしまうということもあります。そこで、月に1回、AIがダッシュボードのデータを要約したレポートを作成し、関係者へメールで配信する「アラート機能」を設けました。このメールがダッシュボード更新の通知として機能し、それをきっかけに関係者が詳細なデータを確認するようにしています。
観光案内所に眠る旅行者の生の声を瞬時にレポート化、地域の事業者へ展開
―生成AIの活用により、未整理だったデータが整いました。これらのデータを地域の観光関連事業者にはどのように共有しているのでしょうか。
熱海市内の約100の宿泊施設や観光事業者に向けて、月に1回、「熱海観光案内所トレンド通信」と名付けたレポートをメールで配信しています。グラフと文章で構成されたA4で4~6ページのレポートですが、この作成もAIが担っています。レポートに載せているのは、先ほどご紹介したAIダッシュボード上のデータだけではありません。
熱海市には、熱海駅と市内の2カ所に、熱海市観光協会が運営する観光案内所があります。JNTO認定外国人観光案内所としてJNTOに報告するため、国別来訪者数や問い合わせ内容を毎日記録しているものの、報告後のデータは活用されず眠ったままでした。DMOの立ち上げ当初から、旅行者の生の声が詰まった貴重なデータを活用すべきだという声はありましたが、そのために現場スタッフの負担を増やすわけにはいきません。そこで、案内所スタッフが作成した日報のエクセルデータを、そのままAIに読み込ませる仕組みを導入しました。AIがその内容を分析・集計し、来館者情報を自動でグラフ化するとともに、問い合わせ内容を要約したレポートを作成します。旅行者からよく尋ねられる質問はもちろん、改善につながる厳しいご意見も包み隠さずレポートに反映できるのが特徴です。
以前は手作業での集計やレポート作成に2時間以上かかっていましたが、現在はAIによる自動化によって、担当者による確認から市内の事業者様へのメール配信まで、およそ20分で完了できるようになりました。

▲観光案内所には連日多くの外国人観光客が訪れる©熱海観光局
―この仕組みによって観光案内所のデータが可視化されるようになりました。インバウンドの誘客や現場でのアプローチには具体的にどのように活かされていますか。
AIダッシュボード上のデータに加え、観光案内所に寄せられる問い合わせ内容も可視化されたことで、旅行者のニーズがよりクリアになりました。熱海観光局では、発足から3ヵ月目に、インバウンド向けの公式多言語観光サイト「Visit Atami(英語・繁体字)」を開設しましたが、現在はその掲載情報の改善にデータを役立てています。

▲2026年8月にリニューアルした「Visit Atami」 ©熱海観光局
たとえば、Webサイトの検索ワードや観光案内所での問い合わせを分析し、旅行者が実際に必要としている情報をVisit Atamiのコンテンツに反映しています。花火大会であれば開催日程だけでなく、おすすめの観覧スポットや交通アクセスなど、検索ニーズに応じて情報を詳しく掲載しています。また、花火大会の警備の際に「熱海駅から海までの行き方が分からない」という声が複数寄せられたことから、今後は花火会場までのアクセス情報もさらに充実させていく予定です。
こうした現場の生の声と、AIを活用した検索傾向の分析を組み合わせ、宿、イベント、グルメ、交通など、旅行者がその場で必要とする情報を優先的に整備しています。Visit Atamiが、外国語対応が限られる現場を補完しながら、旅行者自身が必要な情報を見つけて行動できる「デジタルコンシェルジュ」のような役割を担うことを目指しています。
さらに、Visit Atami内にまとめた情報や、病気・けが、災害など緊急時に必要な情報へ直接アクセスできるQRコードシートを作成し、観光案内所だけでなく市内の宿泊事業者にも配布しています。現在、熱海を訪れる外国人旅行者の割合はまだ約5%ですが、今後の増加を見据え、観光局が中心となって市内事業者と連携しながら、まち全体で受け入れ環境の整備を進めています。

▲「Visit Atami」内の各案内をQRコードから直接アクセルできるようにしている ©熱海観光局
Visit Atamiへの掲載情報を充実させた結果、サイトへの流入数は直近1年間(2025年8月~2026年7月)で前年の約37倍に増加し、検索表示回数は約43倍に増えました。熱海に来る外国人旅行者の数自体はまだ多くありませんが、現在はVisit Atamiの閲覧者数は月平均で3,000人前後(直近3ヵ月平均)に達しており、順調に増加しています。
―レポートの配信を始めてから、事業者からはどのような反応がありましたか。
それまで事業者へのデータ共有は行われていなかったこともあり、レポート配信に対して好意的な反応をいただいています。実際に「感覚値ではなく、明確に可視化されたデータで現状を把握できるのでありがたい」といったお声や、グラフに加えて文章解説があることで内容を理解しやすい、といった評価をいただいています。また、事業者にも、旅行者からの検索や問い合わせが多かった情報が掲載されたサイトのQRコードも共有しております。こちらも好評で、「お客様から同様の質問を受けた際、QRコードを提示するだけでご案内できるので助かっている」といった声が寄せられています。
今後もAIのアシストを活かしながら主体的な施策づくりへ
―生成AIを導入したことで生まれたもっとも大きな変化を聞かせてください。
一番大きかったのは、スタッフの作業工数が大幅に削減できたことです。データ収集に要する時間は、以前は半日(約4時間)ほどかかっていましたが、現在では30分程度にまで短縮されました。また、Googleの検索ワードを調査する作業も、以前は同程度、あるいはそれ以上の時間を要していましたが、現在は10分足らずで確認できるようになっています。口コミデータの収集も丸1日つぶれてしまう作業でしたが、今ではAIが自動で巡回して収集しています。これからもAIに補助をしてもらいながら、目的達成に向けた施策づくりに取り組んでいきたいと考えています。

▲観光データをもとに施策を検討する、熱海観光局CEOの上田さん ©熱海観光局
―今後、AIをさらに活用して取り組んでいきたいことはありますか。
効率的な仕組みを構築するという意味では、すでにAIを十分活用できていると考えています。今後はこの仕組みをさらに進化させていきたいと思っています。現在、さまざまな統計データがダッシュボードに集約されているため、今後はダッシュボード上で、旅行者の属性や動きが見られるようになったり、また、このターゲット層にはどのような施策が有効かといった提案まで行ってくれるよう、AIを進化させていきたいと考えています。
―最後に、全国で観光DXに取り組む方々へのメッセージをお願いします。
私たちが構築した仕組みをつくるには、一定のコストや試行錯誤が必要なのは事実です。一方で、既存のAIやツールを活用することで、データの未整理、人手不足、ノウハウ不足といった当初の課題を一気に解決することができました。AIを活用する際に一番陥ってはいけないのは、データ収集そのものが目的になってしまうことです。地域によって解決すべき課題は千差万別です。その課題解決の一助となるようなデータを適切に収集・分析し、具体的な施策につなげることで、最終的に数値の達成につながるものを作っていくことが重要です。これからも共有できる情報は積極的に公開してまいります。地域の課題解決に向けて、一緒に頑張ってまいりましょう。
<参考サイト>


