2025年6月24日
食の多様性への対応を推進し、外国人旅行者から選ばれるまちづくりを目指す二戸フードダイバーシティ協議会の取り組み

▲ヴィーガン向けの寿司とヴィーガン認証を取得した日本酒/写真提供:二戸フードダイバーシティ協議会 久慈浩介会長
岩手県二戸市は、岩手県内陸の北端に位置する、人口2万5,000人程の静かなまちです。この二戸市で2021年、食の多様性を推進する「二戸フードダイバーシティ協議会」が設立されました。 ヴィーガンやハラールなど食の多様性への対応を目指し、地元の事業者や行政など多様な主体を巻き込んで取り組みを進めてきた二戸市の老舗酒蔵、株式会社南部美人。同社の社員で協議会の事務局長も務める田口晃子(こうこ)さんに、協議会の設立経緯や取り組みの概要について話を伺いました。
小さなまちだからできたスムーズな連携による、食の多様性の推進
― 二戸市がフードダイバーシティ(食の多様性)に取り組むようになった背景について教えてください。
私が勤める南部美人は、1990年代後半から日本酒の海外輸出を積極的に取り組んできました。5代目蔵元の久慈浩介は海外で営業することも多い中、海外のレストランではヴィーガン※1やハラール※2など多種多様な人たちが食べられるメニューがある一方で、日本にはそのような対応ができているレストランが少ないと気付いたことが、食の多様性への取り組みのきっかけです。
世界に挑戦していく際に、日本酒の魅力や価値を自分たちだけで伝えていくよりも、外部の方々に評価をしてもらい、認証されることで、世界にしっかりと伝えていくことが出来ると考え、南部美人では、2013年にはコーシャ※3の認証を受け、続いて2019年には、イギリスの「The Vegan Society(英国ヴィーガン協会)※4」で全ての海外輸出酒についてヴィーガン認証を取得しました。
そうした中、2020年1月、当社を含む市内事業者3社と市や岩手県が連携し、「フードダイバーシティ宣言」を行い、食における多様性を受け入れながら、誰もが食事できる環境を提供する都市を目指すこととしました。
※1ヴィーガン: 完全菜食主義者。肉や魚の他、卵や乳製品、はちみつなどの動物由来の食材も口にしない。
※2ハラール:イスラム教の戒律において「許されているもの」をハラールと呼ぶ。基本的に食だけでなく、行動、気持ちなど、生活全般にわたるが、食で注意するのは「豚」「アルコール(みりん、料理酒も含む)」「イスラム教徒が食肉処理していない肉」。
※3コーシャ:ユダヤ教にのっとった食べ物に関する規定のこと。食品のみならず、サプリメントや調味料など、人が口にするもの全般にわたる。
※4 The Vegan Society(英国ヴィーガン協会):1944年に設立された世界で最初のヴィーガン協会。1990年に「ヴィーガン認証マーク」を導入。
― フードダイバーシティ宣言の後、2021年9月に二戸フードダイバーシティ協議会が設立されましたが、活動内容と協議会の構成を教えてください。
二戸フードダイバーシティ宣言を行い、本来ならこれをきっかけに外国人旅行者の新たな獲得にのり出していく予定でしたが、その直後に新型コロナが蔓延し、活動が一時的にストップしました。それでも、歩みを止めるわけにはいかないと、県や市と打ち合わせを重ね、感染症予防対策を万全にして取り組みを進めてきました。
こうした取り組みを重ね、機運が高まったことから、協議会の設立に至りました。協議会では、食の多様性に対応するための飲食店や事業者への支援、地域内外に対する食の多様性の認知度向上の取り組みを行っています。
協議会の会長は当社の社長が、事務局長は私が務めています。会員は市内のレストラン11店舗などで、会費をいただいて運営しています。二戸市観光ツーリズム協会は、ホームページなどを通じて協議会の取り組みの情報発信の役割を担っていただいています。また、市や県は、勉強会開催やガイドブック作成など、側面から支援していただいています。
― コロナ禍で活動が一時中断しましたが、連携の動きがとても迅速だと感じます。どのように連携をはかっているのでしょう。
二戸市は小さなまちで、当社をはじめ市内の事業者は、市長や市役所のまちづくり課や総合政策課、岩手県の県北広域振興局などと接する機会が多く、気軽に話しやすい関係を築いています。
小さなまちだからこそ、連携は非常にしやすいと感じますので、まちの規模感がちょうどいいのかもしれません。
当社の社長は以前から、自社の利益のみでなく二戸のまち全体を良くしていく必要があるという考えを持っており、二戸市観光ツーリズム協会とも、昔から観光に関する課題感を相互に共有してきました。
二戸地域の玄関口二戸駅。二戸広域観光物産センターが隣接している。
ヴィーガン向けのメニュー開発へ、店主と丁寧にコミュニケーションを
― 協議会では、どのような取り組みから始めたのでしょうか。
最初の取り組みとしては、食の多様性に取り組んでいる会社の代表や東京のヴィーガンレストランのシェフを講師に招き、2021年12月にセミナーを開きました。対象は、市の関係者や観光協会、レストラン店主などで約50名の方にご参加いただきました。
セミナーでは、世界人口80億人のうち40%の方が食になんらかの禁忌や制限があり、日本に来て食に困っていること、ヴィーガンやハラール、コーシャなどに共通で食べられるメニューが作れることを講演いただくとともに、参加いただいた方には、実際に食の多様性に対応した料理を食べていただきました。
こうした取り組みを通じて、誰でもおいしく食べられること、簡単に作れることを、身近に感じていただき、食の多様性を取り入れるハードルを下げることが最初の一歩でした。
まずみんなで食の多様性を理解することから始めたのです。
当初、参加いただいたレストランの店主たちからは、「そのようなことをしても二戸に外国人は来ないし、やる意味がないよ」という食の多様性への取り組みに消極的な意見も少なくありませんでした。
そこで、食に禁忌や制限がある人も、そうでない人も誰もが食べられるメニューを入れていただくよう、個別に働きかける取り組みを始めました。
― 具体的にはどのような取り組みをされたのですか。
ヴィーガンやハラール、コーシャなど、多様なニーズに個別に対応しようとすると、レストランの店主にとって大きな負担となります。そこで、動物性食材やアルコール入りの調味料を使わないことで、ハラールにもヴィーガンにも共通対応ができるオペレーションを推奨する取り組みを始めました。
新しい調味料などをあらためて用意する必要はなく、今あるものでメニューを1つ2つ考えてもらうだけで良い点を、1軒1軒お店を回って一生懸命説明しました。
二戸を盛り上げていきたいという気持ちは皆さんに共通しているため、時間をかけてお話ししていくうちに、だんだん前向きに捉えてくださるようになり、「こういうのならできるよ」とアイデアを出してくださるようになりました。「どんどん作って。食べるから」と、時にはお店にお酒を持っていき、試食することもありました。
このように、人の心を動かしてお店のメニューまで変えていただく際には、セミナーを開いて「それではやってください」というだけでは足りません。信念と情熱がないと相手に聞いていただけないため、店主の方たちと丁寧にコミュニケーションをとることが重要だと考えています。
― 考案されたメニューで評価の高いものを教えてください。またお店が考案したメニューの監修はどのようにしていますか。
評価が高い食べ物の一つは、地域で採れた野菜や海藻などで作ったヴィーガン寿司です。地元のお寿司屋さんで提供されており、色鮮やかで、味わいもとてもよく、大将が何度も試作を繰り返し、出来上がりました。また、中華料理屋で出している豆乳担々麺はヴィーガンやハラールなどに関係なく、誰でもおいしく食べられると思います。
メニューの監修は、セミナーでお世話になった東京のヴィーガンレストランのシェフに協力いただいています。その方と二戸のレストランの店主たちは、疑問があればいつでも直接連絡できる関係を築いています。また、フードダイバーシティの研修等を実施いただいている会社代表にも、疑問や困ったことがあれば相談しています。
(左)野菜を使った食べごたえのある豆乳坦々麺/(右)酵素玄米パンの高野豆腐カツサンド
写真提供:二戸フードダイバーシティ協議会 久慈浩介会長
ヴィーガン対応が外国人旅行者の来訪の決め手にも
― 食の多様性対応を行うことで、インバウンドの動きにどのような変化がありましたか。
岩手県は台湾からの旅行者が多く、台湾では「素食」と呼ばれるベジタリアンが人口の14%を占めるといわれています。その方たちに対応できるということから、台湾からのツアーが二戸を訪れるようになりました。ヴィーガンやベジタリアン対応店舗のアプリでお店を探す外国人旅行者もまち中で目にするようになりました。ヴィーガン対応のおせんべい屋さんでお土産を買う方も増えています。
― インバウンド向けの告知やPRはどのような方法で行っていますか。
二戸市の食の多様性の取り組みを紹介する動画『食で誰もが笑顔になれる街・二戸』をイギリスとフランスのディスカバリーチャンネルCMで放映しました。その後、視聴者が実際に地元のお寿司屋さんを訪れたという話もありました。
また、世界中のヴィーガンやベジタリアン対応店舗が検索できるアプリがあり、日本国内の店舗も掲載されているので、二戸の対応店舗の情報を10店舗ほど掲載しています。
― 実際に二戸を訪れた外国人旅行者のエピソードがあれば教えてください。
南部美人の酒蔵は観光交流の場としての役割も果たしており、酒蔵見学の受入も行っています。
先日、南部美人がヴィーガン認証を取得しているからと、ドイツからヴィーガンのご夫婦が酒蔵をご訪問いただきましたので、市内のヴィーガン対応のお店もご紹介させていただきました。二戸滞在後は青森、秋田に回るとおっしゃっていましたが、翌日「青森には自分たちが食べられるものがなかったから」とまた二戸に戻ってらっしゃいました。
東京などの大都市はレストランの多様性に富んでいますが、そこから一歩外に出るとヴィーガンやハラールの旅行者は食事で苦労することもあるようです。
食の多様性があたりまえの社会へ、誰もが安心して食を楽しめる国に
― 協議会の今後の展望と目標を教えてください。
フードダイバーシティのまちづくりは観光を助けるものであり、それだけでは観光目的にはなり得ません。今後は、二戸市観光ツーリズム協会などと連携し、二戸の観光プロモーションと併せてPRしていきたいと思っています。
青森空港から十和田湖や奥入瀬、八戸を経て二戸を訪れたり、花巻空港から盛岡を経て二戸に足を延ばすツアーも最近見られるので、旅行会社の方たちに、そうしたツアーをもっと作っていただけるよう働きかける必要もあると思っています。
また、二戸で生産が盛んな雑穀は、ヴィーガンやハラールなど幅広く対応可能な食材で郷土料理にもよく使われています。地元の料理が食べたいという海外のお客様も多いため、誰でも食べることのできる郷土料理の提供や、雑穀の生産業者にヴィーガン認証を取得してもらいお土産として販売する、一つずつ小さいことから進めていこうと思っています。更に、今協力いただいているお店の対応メニューももう少し充実させたいと思います。
二戸のシンボル・馬仙峡(ばせんきょう)
写真提供:二戸フードダイバーシティ協議会 久慈浩介会長
― 最後に、インバウンド誘致に取り組む全国の自治体・DMOに向けて、メッセージをお願いします。
食の多様性の対応に取り組むことは誰にとってもプラスしかないと思います。取り組むと誰か来てくれる可能性が高まりますし、最初のハードルは高く感じられるかもしれませんが、始めてしまえば大したことではありません。 レストランで、1品でもどなたでも食べられるものを出すことで、利益も上がることもあると思います。日本全体で、食の多様性があたりまえな社会になるとよいと思っています。