2025年2月27日
地域のために取り組むアドベンチャートラベル(AT)~Adventure Week沖縄2024を経て~

▲沖縄北部地域の視察 ©ATTA / Josiah Holwick - AdventureWeek Okinawa 2024
『アクティビティ』『自然』『文化体験』の3つの要素のうち、2つ以上を組み合わせた旅行形態で、旅行者一人当たりの消費額や地域への経済波及効果が大きい観光分野として注目を集めているアドベンチャートラベル(以下、AT)。今回は沖縄県のATの取り組みについて紹介します。日本政府観光局(JNTO)はAdventure Travel Trade Association(ATTA)*と連携して、2024年11月9日から16日まで「Adventure Week2024沖縄」を開催しました。開催地である沖縄は、沖縄県と一般財団法人沖縄観光コンベンションビューロー(OCVB)を中心に関係事業者等とともに官民一体となり、2019年よりATを推進してきました。沖縄ATの歩んできた道のりと今後の展開について、沖縄県文化観光スポーツ部観光振興課の照屋亮さんと翁長孝憲さん、沖縄観光コンベンションビューローの山城圭之慎さんに伺いました。
*ATTA:約100ヵ国、30,000の会員(メディア、ツアーオペレーター、アウトドアメーカー、政府観光局、観光協会、DMOなど)を持つAT業界最大の団体
従来の個々のアクティビティで楽しむ沖縄の観光から沖縄の本質的な価値を深く体験する沖縄ATを推進
ー沖縄県のATについて、取り組み始めた経緯とこれまでの主な活動を教えてください。
山城氏:2019年に内閣府沖縄総合事務局が実施する訪日グローバルキャンペーンに対応したコンテンツ造成事業の中で「沖縄の自然フィールドを活用した高付加価値コンテンツ造成事業」に取り組んだのが、沖縄ATの第一歩となります。
これまでも沖縄の観光においては、エコツーリズムやエシカルツーリズム、ダイビングなどのスポーツや文化体験といった個々のアクティビティを推進してきました。そうした中、2019年頃からJNTOや県外の事業者の方々からATという概念を教えていただき、旅行者の本物の体験に重きを置いて地域の資源や文化を活用することで、経済効果も含め地域への貢献を重視するというATに、沖縄県も取り組んでみようという流れになりました。
2020年、2021年には、ATに特化した人材育成事業に力を入れ始め、2023年に北海道で開催されたATTAが主催する世界最大のATイベントであるアドベンチャー・トラベル・ワールド・サミット(ATWS) の本大会前に実施されたファムトリップ「プレ・サミット・アドベンチャー(PSA)」にも手を挙げ、ファムツアーを催行しました。Adventure Week2024沖縄は、このPSAのコースをベースに実施しています。
ーATの受け入れ準備の中でとりわけ人材育成は非常に重要視されていますが、沖縄ではATWS でのPSAを実施するまでにどのような人材育成を進められたのか、お聞かせいただけますか?
山城氏:まず初めに、2023年度初頭から県内の事業者や関係者とともに沖縄ATチームを結成しました。沖縄は団体客が多く、少人数客を対象とするフリーランスのガイド業の人数は非常に限られています。ATガイド人材となると、通常のガイドからさらにATの概念をよく理解し、海外のお客様に対応できる語学力や、より高いガイドスキルも持ち合わせていなければなりません。
こうした質の高い人材育成には腰を据えて取りかかる必要があると感じ、事業を継続的に実施できるよう、人材研修の参加条件として「実践で外国人観光客を受け入れた実績がある方」、「一定の語学力が備わっている方」、「今後もAT事業に携わっていく意志がある方」などの項目を設けて、意欲的な方に来ていただけるように募集したところ、毎回20名程度の方の受講に繋がりました。
講習はまず「なぜ外国人観光客を受け入れるのか」という基礎的なところから始めました。受講される皆さんの動機は、環境保全や文化の継承、あるいは自分たちの地域の存続を願ってなどさまざまですが、そういった根源的な動機づけを一つずつ受けとめ、「地域のために取り組む沖縄AT」という思いを共有しています。
そこから座学や外部講師による研修、実践的な海外でのプロモーション活動などを織り交ぜて取り組んできましたが、ATについて深く知れば知るほど求められる人材のレベルの高さを実感します。語学力やガイドスキルに加えて人間的な魅力も持ち、お客様だけでなく事業者や住民の方々、そして環境や生態系にも配慮ができ、更にその学術的な知見もあわせもつガイド。非常に高い理想像ではありますが、皆でその高みに近づこうと学んでいる最中です。
▲Adventure Week2024沖縄でガイドを受ける参加者 ©ATTA / Josiah Holwick - AdventureWeek Okinawa 2024
記録的な大雨で旅程を変更、自然相手の教訓を今後に活かして
ーAdventure Week2024沖縄開催の経緯、概要やコース内容を教えてください。
翁長氏:ATWS2023でのPSAを終え、今後さらに次につながる実績を増やしたいという思いで今回のAdventure Weekに手を挙げたところ、採択していただきました。
ファムトリップには、アメリカ・イギリス・スペイン・イタリア・ドイツの5カ国からバイヤー・メディアの方々15名が参加してくださいました。
▲2日目、守礼門前で ©ATTA / Josiah Holwick - AdventureWeek Okinawa 2024
【旅程】
DAY1:沖縄県立博物館、首里城公園
DAY2:泡盛体験、地域住民と交流
DAY3:やんばるの亜熱帯林訪問
DAY4:金武町街並み見学、田芋掘り体験、カヤック体験
DAY5:瀬良垣にてシュノーケリング体験、薬膳琉花による料理体験、旧海軍司令部壕訪問
ファムトリップ本番は、11月9日から始まり5日間にわたる旅程でしたが、その前々日の11月7日からツアー中の10日にかけて沖縄本島北部が記録的な大雨に見舞われ、急遽訪問先を変えざるを得ない状況に陥りました。参加者の安全を最優先に考えての変更でしたが、せっかく遠方から来られた方々に予定どおりの旅程で沖縄の魅力を満喫してもらいたいという気持ちもあり、非常に厳しい判断を迫られました。自然を相手にするATならではの教訓だったと受け止めています。
数日にわたる大雨が止んだ直後の3日目の旅程は、OCVBの山城さんと私(翁長氏)の二人が事前に現地に行き、自分たちの足で安全を確認したうえでやんばるにご案内することになりました。幸い、参加者には好評でしたが、事前に大雨を想定した別プランを用意する必要性を強く実感しました。この経験を皆で共有して今後に活かしていきたいと考えています。
ファムトリップ後の商談会では、地元のDMOや旅行会社、ホテル、アクティビティ事業者などの関係者を混成した13チームを作ってのぞみました。商談会に参加したメディア関係者、旅行会社等からは、「今後取材をしたい」、「ぜひお客様を連れてきたい」と言っていただき、実りある情報交換ができました。
ーAdventure Week2024沖縄を開催しての成果などありましたら教えてください。
翁長氏:Adventure Weekの準備段階中、ATTAからいくつも有用なアドバイスをいただきました。例えば、なぜ、そのタイミングでその場所に行くのか、コース全体の起承転結を意識して伝えるストーリーテリングが重要であることや、常にサービスを受けるお客様の目線に立ってコース作りを考える点など、学びを得られたと感じています。
山城氏:今回のコースづくりでは、これまで取り組んだことがないような沖縄の精神性に触れるということをテーマの一つに据えました。4日目の御嶽(祈り、水汲み)というプログラムでは、地域ガイド・ユタ(シャーマン)とともに、「祈り」や「水汲み」について、地域の習慣行事や自然との関わり、「祈り」や「水汲み」の中にある精神性について説明し、実際の様子を交えながら散策しました。アンケートでも「ユタ(シャーマン)と歩けたのは他にはない貴重な経験だった」という声が寄せられ、沖縄に対するさらなる期待を感じることができました。
▲沖縄北部地域の視察 ©ATTA / Josiah Holwick - AdventureWeek Okinawa 2024
観光のプレイヤーが課題を共有し、地域のために動き出す
ーこれまでの沖縄ATで見えてきた課題はありますか。
山城氏:沖縄を訪れるお客様の大多数が、大阪、京都など他の都市とセットで訪れるという今の状況を考えると、沖縄ATは県内で完結するビジネスモデルではなく、県外の事業者の方々との連携が必須になります。沖縄ATの基盤を固めていくには、今後さらに強固なネットワークを築いていく必要性を感じています。
照屋氏:沖縄における高付加価値旅行の現状は、県外のDMC(Destination Management Company:目的地を拠点に旅行サービスを提供する事業者)や旅行会社等が窓口となって東京や京都などのいわゆるゴールデンルートを経由してから沖縄に関心を持つお客様を送客していただくことが多いです。ATに対応できるスルーガイドやアクティビティガイドなどの人材育成に加えて、地元で自走できるDMCの充実も含めた受け入れ体制の構築が大きな課題だと認識しています。
北海道で開催されたATWS2023やAdventure Week2024沖縄の商談会などを通じて一番痛感したことは、沖縄ATを商品として売り出すことの難しさです。海外の旅行会社あるいは海外の旅行会社とパイプがある県外のDMCに積極的に売り込んでいける体制づくりの構築や、お客様のニーズに応じて、地域資源を組み合わせてコースを商品化できるローカルDMCの存在が非常に重要です。
沖縄ATの需要を生み出すことは、地元のガイド業の方々がビジネスとして継続していけることにもつながります。ただし、ATに対応できるだけのガイドが十分でない状態で多数のお客様を受け入れると、お客様の満足度が下がってしまうおそれがあります。一方でお客様が増えないと、ガイドなど受け入れ側の地域の経験値が上がらない。双方のバランスを考えながら、販売も人材育成も同時に底上げを図っていけたらと考えています。
▲チーム総力戦で挑んだ商談会 ©ATTA / Josiah Holwick - AdventureWeek Okinawa 2024
ー沖縄県のATについて、今後の展開を教えてください。
照屋氏:今回のAdventure Week2024沖縄のような大きな事業を県内各地域の観光に関するプレイヤーたち皆で経験できたことは、非常に大きかったと感じています。ひとつの目標に向かって取り組む中で各自が抱える課題や実態をリアルに共有できたことも、大きな収穫になりました。この収穫が沖縄ATとして実を結ぶように、今後も継続的に取り組んでいきたいと考えております。
翁長氏:これまでに見えてきた課題を共有し、教訓を糧にしながらレベルアップを図り、将来の沖縄ATの自走化を見据えて取り組んでいきたいです。
山城氏:Adventure Week2024沖縄を通じて、沖縄に求められているのはゴールデンルートにはない魅力であることを確認することができました。「地域のために」と応援・協力してくださる方々のためにも、沖縄の本質的な価値を観光コンテンツ化し、受け入れ体制を整えながらプロモーションしていくという活動を今後も継続してまいります。
ー最後に、全国の地域・自治体・DMOの方々に向けてメッセージをお願いします。
山城氏:先日参加したドイツの旅行博覧会では、観光客が殺到しない静かな場所で地域の方とコミュニケーションを取りながら滞在したいという旅行者のニーズを直に感じ取ることができました。そうしたニーズを踏まえると、これまで観光の恩恵を受けてこなかった地域にこそAT需要は見込めますし、中長期的な体制づくりで考えていくと、より確かな成果が見込めるのではないでしょうか。
照屋氏:観光を産業として展開していくには、観光施設や公共の案内板などの言語対応や相手の視点に立ったコンテンツづくりなど取り組むべきことはたくさんあります。そうしたひとつひとつに丁寧に向き合いながら、沖縄は全国の皆さんとネットワークを築いていけたらと考えております。観光の力で盛り立てる地域づくりに向けて事例や知見を共有し、よりよい実践につなげてまいりましょう。