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持続可能な観光地域づくりを目指して~京都府伊根町の観光と地域の暮らしを両立させるための取り組み~

持続可能な観光地域づくりを目指して~京都府伊根町の観光と地域の暮らしを両立させるための取り組み~

持続可能な観光地域づくりを目指して~京都府伊根町の観光と地域の暮らしを両立させるための取り組み~

▲海沿いに建ち並ぶ舟屋群(提供:伊根町観光協会)

海に面して建てられた独特な建造物「舟屋(ふなや)」で知られる京都府北部の伊根町。漁村でありながら、近年では観光客の急増に伴い、私有地への無断侵入や道路の渋滞、ごみのポイ捨てなどが問題となっています。 一般社団法人京都府北部地域連携都市圏振興社 (海の京都DMO)伊根地域本部(伊根町観光協会)事務局長の吉田晃彦さんに、こうした課題に対して、観光と地域の暮らしを両立させるための取り組みについて伺いました。

現状を踏まえた伊根町ならではの観光を

はじめに、伊根町の概要と現況について教えてください。

伊根町は丹後半島の北東に位置し、京都市内からのアクセスは、車で約2時間、公共交通機関で約3時間程です。主要産業は漁業や農業で、伊根湾の沿岸には、1階部分に小型の漁船を格納できる「舟屋」が約230軒、軒を連ねています。舟屋が建ち並ぶ地区一帯は、国の重要伝統的建造物群保存地区にも選定されています。

人口は約1,900人と京都府内の自治体では2番目に人口が少ない町です。人口減少と高齢化により経済活動の規模が小さく、2024年度の一般会計予算のうち、町税収入が占める割合は4%ほどです。このことからも、町外からもたらされる経済効果を求めることも必要と考えられます。

一方で、たくさんの人を呼べばよいかというと、そのようにはいきません。多くの方が見に来られる「舟屋」は、個人の所有物件で、現在も生活の場として使われています。宿泊や飲食などのキャパシティには限りがあり、それを超えると、住んでいる方にストレスがかかりますし、訪れた方にも満足していただけない可能性があります。そのため、現状を踏まえた伊根町ならではの観光を考えていくことが重要です。

2012年に住民との話し合いのもと策定された「伊根浦観光振興ビジョン」では、「伊根浦ゆっくり観光」をうたっています。「ゆっくり観光」とは、住民や小さな事業者が気軽に参加でき無理なく続けられる(外部者の参加も歓迎)、景観や生活環境の手づくり事業のことです。住民の負担にならないように観光客が増えていけばよいと考えています。
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▲今も住民の生活の場として使われている舟屋(提供:伊根町観光協会)

吉田さんが所属する「海の京都DMO」伊根町観光協会は、どのような活動をしていますか。

 「海の京都DMO」は、京都府北部の7市町(福知山市、舞鶴市、綾部市、宮津市、京丹後市、伊根町、与謝野町)の連携とネットワークの強化を図り、観光地経営の視点で観光地域づくりをマネジメントするため、各観光協会が経営統合・参加することにより2016年に設立された組織ですが、2014年に「観光圏整備法」に基づく観光圏()に認定されたことがこの組織のはじまりです。 組織の中には、7市町の各地域本部(観光協会)があり、DMOの支部のような役割を果たしています。

 海の京都DMOは、京都府北部地域が広域で連携したDMOならではのスケールメリットを生かして広域のプロモーションやマーケティング、人材育成を行い、各地域本部は会員や地域住民と連携して地域に根差した事業に取り組んでいます。

 ※観光圏:自然・歴史・文化等において密接な関係のある観光地を一体とした区域であって、区域内の関係者が連携し、地域の幅広い観光資源を活用して、観光客が滞在・周遊できる魅力ある観光地域づくりを促進するもの。 

 

観光客の増加によって、住民の安心安全な生活の維持が課題に

 伊根町を訪れる観光客数の推移やインバウンドの状況について教えてください。

 これまで、伊根町の観光客数はおおむね年間20万人台で推移していました。2014年以降、海の京都DMOにおいて、海外の旅行博でのブース展示や、海外メディアやインフルエンサーを招くなど海外に向けてのプロモーションを強化したところ、2015年頃からインバウンドの数も増えていきました。こうした中、舟屋が建ち並ぶ風景がSNSなどを通じて話題となり、2019年には約35万人の観光客が訪れました。コロナ禍で一時は落ち込みましたが、2023年は約37万人に達しました。

来訪者は、観光客の6割程度をインバウンドが占めている印象です。東アジアの方が多く、そのうち約6割が台湾の方です。次いで香港、タイが多く、最近では、韓国の若い方も増えています。コロナ禍以後は、欧米やオーストラリア、インドネシア、マレーシアから来られる方も増加しました。

 最近では、大阪などから日帰りバスツアーでいらっしゃる海外の方も見られるようになり、団体客も増えてきています。

 訪れる方々と話していますと、日本の漁村の暮らしぶりがそのまま残っていることに魅力を感じるようで、国内外問わず「懐かしい感じがする」というお声を頂戴しています。

町に多くの観光客が訪れるようになったことで、どのような変化がありましたか。

インバウンドの増加に伴い、住民からは、個人の所有物件である舟屋や周辺の土地に、無断で知らない人が入ってくるという話を聞くようになりました。観光客にとっては、海を見ようと個人の敷地内に入ってしまう、風景の一部として住民を撮影してしまう行為に悪気はないのですが、住民は不安を感じています。また、ごみの増加、公衆トイレの使用の仕方などの問題も発生しています。

また、車で来られる方も多くなり、週末は一部の狭い道路に車が集中し、渋滞が起きています。公共交通機関を使う方は、京都丹後鉄道天橋立駅(宮津市)から路線バスで来られますが、バスが混雑し、地域の方が利用しにくくなっています。

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▲繁忙期には、大勢の訪問客でにぎわう伊根町(提供:伊根町観光協会)

地域への理解を深め、消費の最大化も目指す

―こうした状況の中、住民の暮らしを守りながら、観光客を受け入れるためにどのような取り組みをしていますか。

パンフレットや、伊根町観光協会のウェブサイトを通して、町を訪れる方へのマナー啓発に取り組んでいます。禁止事項の羅列などルールを押し付けるのではなく、地域の実情に寄り添ってほしいという趣旨の文章を日本語と英語で掲載しています。

また、事前に伊根の伝統や漁村の文化についての説明を行い、地域にマッチする観光客を送ってもらおうと、2021年からは、一部の海外旅行会社に対して観光客受け入れの条件「伊根約束」を提示しています。

この約束は、海の京都DMOで海外プロモーションマネジャーを務めるアメリカ人の職員と私たち伊根町観光協会の職員とで作成しました。

約束には、「23日以上滞在すること」「地元の体験コンテンツを予約すること」「地元のレストランで食事すること」、「顧客に旅前の教育を行うこと」という4つの項目があり、それらへのサインを求めています。

こうすることにより、伊根の実情を理解された方に来ていただけるので、滞在の満足度も高く、宿泊施設などもきれいに使っていただいています。

この取り組みが評価され、2022年にイギリスで開催された世界旅行博(World Travel MarketWTM)で、海の京都DMOなどが、「Responsible Tourism Award(責務ある観光施策賞)」の「One to Watch (注目すべき事業者賞)」を受賞しました。

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▲WTM授賞式の様子(提供:伊根町観光協会)

その他、道路の渋滞については、自宅への出入りがしにくいという住民の困りごとにもつながっています。それを解決するため、2022年から連休中は地域内の小学校のグラウンドを有料の臨時駐車場として開放し、駐車場所を増やして対応しています。また、2023年より、4月から11月までの毎週末、車が集中する場所に警備員を配置し、車の誘導をしています。

20246月からは、舟屋群から離れた伊根町役場の駐車場を開放して、舟屋群や道の駅などを回る無料シャトルバスを運行するパーク・アンド・ライドや、宮津市と伊根町を結ぶ遊覧船の運航や観光バスの運行といった渋滞緩和に向けた実証実験も実施しています。

 

地域に愛着を感じていただける方をリピーターに

地域の暮らしと観光を両立させるため、今後はどのようなことに取り組んでいきたいですか。

お越しいただく方々のマナー啓発や消費単価を上げるための、サービスの質向上などに取り組んでいきたいです。

2022年度に実施した来訪者動向調査において、ガイドツアーの参加者は、参加していない方と比較して旅行消費額が大きく、満足度や持続可能な観光への理解が高いという傾向が見られました。

ガイドツアーで地元の人たちと深くかかわると、そこに愛着が生まれ、マナーに気を付けるようになります。そのため、ガイドツアーの充実が重要と考えています。

肝心なガイドさんが不足している状況なのですが、ガイドさんとの町歩きを通じて、伊根町をより身近に感じ、真心のこもったサービスや地域の方々との触れ合いに満足していただければ、自発的に情報を発信していただくことにつながります。

そのような関係を1人でも多くの方と築き、リピーターになっていただきたいです。

ine_5.JPG▲ガイドツアーでは、ガイドさんが舟屋をご案内(提供:伊根町観光協会)

 ―最後に、持続可能な観光地域づくりに取り組む方々へのメッセージをお願いします。

観光施策については、どこの地域でも通用するという最適解はなく、地域の実情に沿って取り組むしかないと思っています。伊根町は規模が非常に小さい自治体ですので、舟屋が住民の生活の一部である限り、住民と観光客との距離が近くなります。その実情を踏まえて観光施策を実施していくことが必要です。

観光庁が策定した「日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D」なども参考にして、施策を進めていくのがよいのではないかと思います。

 

<参考サイト>

伊根町観光協会

観光圏の整備