2024年6月17日
地域を巻き込んで自発的なマーケティングを推進する広島県観光連盟の取り組み
観光振興に取り組むさまざまな地域で、データを活用したマーケティング手法が模索されています。その中で、積極的な取り組みを進めている組織のひとつに、一般社団法人広島県観光連盟(HIT)があります。「地域の皆様が、データに基づくマーケティングを当たり前のように行う状態を目指している」と語る、同連盟カスタマーコミュニケーション事業部の中野隆治さんに、地域を巻き込み、データ活用を促進する同組織の取り組みについてお話を伺いました。
「2030年に観光消費額8000億円」を実現するために
ー初めに、広島県観光連盟の役割と機能について教えていただけますか。
HITは、広島県全域の観光振興の実務を担う組織です。もともと、広島県域の観光振興を担う組織としては、広島県の観光課と広島県観光連盟のふたつがありました。施策ごとに役割分担をして取り組みを進めていたのですが、パートナーである市町や事業者の皆様にとって分かりやすくするために、2020年4月に県域での観光施策を広島観光連盟が一元的に実施できるよう、組織改編を行いました。また、親しみをもっていただけるように英語の組織名の頭文字を取ってHIT(ヒット)と自称することにしました。
広島県では2017年度にひろしま観光立県推進基本計画を策定し、そこで「2030年までに観光消費額8000億円」という数値目標(KGI)を定めました。HITに課せられた大きなミッションのひとつに、このKGIを達成するためのアプローチを考え、取り組むことがあります。観光消費額8000億円は、2016年比の約2倍。これまでと同じ取り組みを継続しただけでは達成できる数字ではありません。したがって、新たな挑戦として何をするのかが我々の組織に求められています。
数値目標が設定された当初、我々は保有していたさまざまなデータを用いて広島県の分析を行いました。その結果、導いた仮説は、広島が何度も訪れたい場所になっていないのではないかということでした。そこで何度も訪れたくなる観光地、すなわち〝リピータブルな観光地〟に変えていくことを我々の最重要ミッションに掲げることとしました。これを実現するため、「お客様のことを知る(マーケティング)」「プロダクト開発/受入環境整備(満足度向上)」「広島ファンづくり(エンゲージメント)」という3つの基本方針を定めました。そのなかでも、「お客様のことを知る」は最初に踏むべきステップとしてとても重要と考えています。
HITの基本戦略
「お客様のことを知る」は、言い換えれば現状把握。お客様のニーズや期待値をはじめ、広島や各地域の観光が置かれている状況を数字で正しく知ることなどが含まれます。
この現状把握は、これからの観光まちづくりにおいてカギとなるデータ活用やそれに基づくマーケティングの礎となります。データ活用やマーケティングは、「プロダクト開発/受入環境整備」「広島ファンづくり」も含めたさまざまな施策の質を高める可能性を持つものだからです。
「県域で自発的なマーケティングが実施されている状態」を目指すために行っていること
ーデータ活用やマーケティングは、日本の観光施策の大きな課題のひとつです。広島での取り組みについて詳しく教えてください。
我々HIT自体がプレーヤーとして、データやマーケティングに基づく施策に取り組むことも重要ですが、それ以上に我々が重視しているのは、県域のさまざまな組織や団体、事業者にマーケティングを浸透させる〝ハブ〟としての役割です。
そこで、私たちは2025年に「県域で自発的にマーケティングが実施されている状態」を目指すことにしました。全国各地で同じ状況が見られると思いますが、我々のような地域の観光をサポートする組織がデータを収集し、市町や各事業者の皆様にお渡しするだけでは、自発的なマーケティングは浸透しにくいと考え、それには市町や各事業者の皆様が自らデータを活用いただけるような仕組みを構築する必要があると考えています。
最初にデータの収集方法について従来のやり方にこだわらず、新たなデータの収集を行い、それらを『Dive! Hiroshima』という広島観光公式サイトで公開することにしました。もとより観光に関するデータは多岐にわたりますが、それらをもっとタイムリーかつ均質に、そしてコストパフォーマンス良く集めていこうと工夫し、そのうえで集めたデータを使える形に整えています。
Dive! HIROSHIMAのデータ・マネジメント・プラットフォーム
もちろんデータを集め、使える形で提供するだけでは十分ではありません。実際に各組織や事業者が自身の課題やニーズに応じて、それらのデータを分析し、活用できるようにならなければなりません。分析や活用は「仕組み化すれば自動的にできる」ものではないため、マーケティングができる人材が必要となります。そのため、市町や観光協会、県内の地域DMOなどの方々に声をかけて、2019年より毎月1回の勉強会を実施しています。2022年度は延べ200人ほどが参加してくださりました。それでも、まだまだ「県域で自発的なマーケティングが実施されている状態」には届いていないという認識です。
担当者の意識を変えるために必要な「腹落ち」と「ロジック・ツリー」
ー自発的なマーケティングが起きづらい理由はどこにあるのでしょうか。
組織や団体ごとにそれぞれ課題はあると思いますが、私の個人的な見解を申し上げると、ふたつあります。ひとつは、担当者がデータを活用してマーケティングすることが、どういうことを指すのかがイメージできておらず、自信を持てていないことです。その要因としては、観光業界におけるデータ活用やマーケティングの具体的な定義がないことに起因するのではないかと考えています。
もうひとつは、自分の取り組みが組織のKGIに対してどう寄与しているのかの紐付けが足りていないこと、腹落ちしていないことだと思っています。
たとえば、先ほどHITの組織としてのKGIは観光消費額を上げることだとお伝えしました。しかしながら、観光消費額を上げるためには、何かひとつのことをやればいいというわけではなく、数々の取り組みが複合的に絡み合って実現できるものなので、HIT内の各部署や担当者は「自身が関わる取り組みと、観光消費額アップ」のつながりが見えづらい状況にあります。そこで、ロジック・ツリーを組み立てることで、KGIに対するつながりが見えるように工夫しています。
観光客と広島県民をつなげることを目的とした「KINSAI」という、HITが運用を行う観光アプリを例に挙げて説明します。KINSAIはユーザー同士で情報交換できる投稿機能や地元民も知らないようなトリビアが載っているなどの特徴があり、まるで広島に友達がいるような感覚で、より楽しく、より快適に広島を旅行してもらうことをコンセプトとしています。
ユーザー同士で情報交換などもできるひろしま観光アプリ「KINSAI」
このアプリを運用する部署は、「KINSAIユーザー数を100万人にする」という数値目標を立てています。これが組織としてのKGIである観光消費額8,000億円の達成とどうつながっているのかをロジック・ツリーにしているのです。
具体的には、「KINSAIユーザーを100万人にする」は、「広島ファンの拡大」につながり、「広島ファンの拡大」は「周遊やリピートといった観光行動の最大化」を促進し、最終的には消費額の増大に貢献するという流れです。
こうしたロジックがあることで、担当者は腹落ちした状態で個別の施策に取り組めるようになり、自らが取り組んでいる施策のKPIなど今までより数字に興味が持ち、自らデータを活用したマーケティングを日常的に行う環境に近づくのではないかと考えています。
100万人が訪れる1箇所のスポットよりも、1万人が熱狂するスポットを100箇所つくるためのふたつの仕組み
ー勉強会や事例の共有などを通じて、地域の事業者のデータ活用やマーケティングへの意識が変わると、どのような変化が広島に起きると思われますか?
冒頭で、我々の最重要ミッションは〝リピータブルな観光地〟にすることだとお話しました。実は、その議論を進めているときに仮説としてあがっていたのが、「広島にくる観光客は原爆ドームと宮島というふたつの世界遺産や、瀬戸内海という強力な観光地だけを訪れておしまいになっていないだろうか」ということです。もちろんそれらはとても魅力的な場所ですが、広島が〝リピータブルな観光地〟になるためには、広島がもつ多種多様な観光資源を楽しみ尽くしてもらう必要があると我々は考えたのです。
これをHITは「ロングテールのプロダクト開発」と呼んでいます。端的にいえば〝100万人が訪れる1箇所のスポットよりも、1万人が熱狂するスポットを100箇所つくること〟を目指していこうということです。
ただし、プロダクト開発を行うのは、あくまで地域のパートナーである民間事業者の皆様なので、我々ができることはそれを支える仕組みをつくることだと考えています。その取り組みのひとつは、「HYPP(ハイプ)」というプロダクト開発のための仕組みです。プロダクト開発のための仲間集めや事業者同士のマッチング、学びのためのワークショップ、専門アドバイザーの紹介、さらに補助金情報を集約したプラットフォームになっています。
広島で観光プロダクトを開発する事業者向けのプラットフォーム
ハイプの特徴的なサービスメニューのひとつに、広島の魅力を発信したい人、広島のことが好きな人であれば、誰でもなれる「HITひろしま観光大使」との協働があります。2024年3月時点の観光大使の登録数は2万人を超えています。観光大使の方々には、広島の魅力発信の役割も担ってもらっています。インスタグラムをされている方には「#HITひろしま観光大使」をつけた投稿をお願いしており、週に計1000件投稿いただくこともあります。また観光大使の方々に対して、プロダクトの企画の段階でアンケートを通じて意見を募ったり、販売前の段階でモニターツアーへの参加を依頼し、一人の消費者の視点での感想や改善点をもらったりすることもできます。
もうひとつは、2024年2月に協定を締結したリクルート社との連携です。HITだけでは集めることができなかった観光関連データ(キャッシュレス決済、宿、クチコミ)など、リクルート社が有するビックデータを観光マーケティングへと活用させていただき、その結果を地域の皆様の観光商品の新規造成・磨き上げに役立てて行きたいと考えています。※リクルート社から提供される各種データは、個人が特定できない統計情報として提供されます。
さらに、こうしたデータを活用することで、原爆ドームと宮島などの王道の観光スポットに加えて、ニッチな層に響く優れた商品の開発にもつながるよう、地域の事業者の皆様の取り組みをサポートしていきます。
データ活用をするのではなく、データ活用をする〝癖〟をつけることが大切
ー最後に、地域の観光振興に向けてデータ活用やマーケティングを実施している方々に対してメッセージをお願いします。
残念ながら、データ活用が進みマーケティングが浸透したからといって、他に類をみない素晴らしいひらめきやアイデアが生み出せることは多くないかもしれません。しかし、マーケティングを続けることで、取り組んでいる施策を改善したり、効果を高めることはできると思いますし、関係者を巻き込むための説得力を高めたり、施策の裏付けしたり、仮説検証の精度を高めるといったことには活きてくると思います。だからこそ、「データ活用を〝癖〟を付ける」ことが大切ではないかと思います。
最後に、個人的な考えをお話しします。「観光振興は何のためにするのか」です。
ひとつは、経済活性のためという側面があります。一方で、地域や街づくりにおけるサイクルもあるのではないかと考えます。
観光・経済と地域・街づくりの好循環を目指す
多くの観光客が訪れることによって、地域に誇りを持つ方が増え、その結果、地域を良くしようと思う人が増えることで、地域全体の幸福度が上がり、地域の魅力がさらに高まっていくというサイクルが回ります。地域づくりやまちづくりにおいても、観光は大きな役割を担っていると思います。
皆さんの地域でも、多くの観光客を呼び込み、消費額を高めるという目的のために、さまざまなデータを使って取り組みを進められていると思います。その一方、経済的な側面だけでなく、地域づくり・街づくりの側面もあることを意識しながら取り組みを進めていくと、関係者の賛同を得られやすく、取り組みの推進力が増すのではないでしょうか。一緒に頑張っていきましょう。