2021年7月21日
デジタルとアナログを融合し、観光で地域を豊かにする(山陰インバウンド機構の取り組み)
山陰インバウンド機構では、2018年に「ゲートウェイ戦略」を掲げ、「すでに来日している=日本に関心がある外国人」をターゲットにプロモーションを展開。本サイトでもその取り組みを紹介しました。(https://action.jnto.go.jp/casestudy/1710)しかし、新型コロナウイルスによるパンデミックの影響で訪日外国人旅行者は激減し、甚大な影響を受けています。ただ、そのような状況の中でも、アフターコロナを見据えた中長期的な取り組みが進んでいます。こちらの記事ではコロナ禍でのインバウンド施策について、山陰インバウンド機構の福井代表理事にお話を伺いました。
直行便に依存し過ぎない「ゲートウェイ戦略」が好調の中でコロナ禍に直面
―新型コロナウイルスによる世界的パンデミックの影響で、山陰インバウンド機構のインバウンド戦略には、どのような影響が生じたのでしょうか?
「当機構では、従来は海外から米子鬼太郎空港への直行便やチャーター便を中心としたインバウンド戦略を推進してきましたが、2018年に『ゲートウェイ戦略』に方針転換を図りました。
ゲートウェイ戦略とは、ひと言で言えば、『直行便に依存し過ぎないインバウンド戦略』です。関西国際空港や広島空港など、近県の国際空港とつながる鉄道・高速バスなどを含めて山陰への入口(ゲートウェイ)ととらえ、『すでに来日している=日本に関心がある外国人』をターゲットにプロモーションを実施することで、効率よく山陰へ招き入れようという構想です。
東京オリンピック・パラリンピックに向けては、東京に降り立つ訪日外国人旅行者を、国内線を使って山陰に呼び込む戦略を実施していました。JR西日本とのタイアップや、民官の支援による広島~松江をワンコイン(500円)で結ぶ高速乗合バスの運行 などを通じて、山陰を訪れる訪日外国人旅行者数は増加傾向でした。そんな明るい兆しが見えつつあったタイミングで、コロナ禍に見舞われました。その影響で、2019年11月~12月には28.8万人だった訪日外国人旅行者数が、2020年1月~12月では4.5万人にまで落ち込みました」
山陰インバウンド機構の「ゲートウェイ戦略」について、詳しくは下記の記事をご覧ください。
―「Go To トラベル」の一時停止も、「ゲートウェイ戦略」に影響を与えたようですね?
「山陰の観光地は東京・大阪・名古屋の三大都市圏からのお客様が多いため、『Go To トラベル』は山陰エリアの旅館・ホテルにとって復活のカギとなりました。宿泊業の方々からも『客室稼働率はコロナ以前の水準に戻った』という声も聞かれていたほどです。しかし、その後の感染拡大によって Go To トラベルが一時停止 されると、成果が大きかっただけにマイナスの影響が大きかったです。当機構でも、国内在住の外国人をターゲットに本格的な誘客キャンペーンに入ろうと考えていた矢先にGo To トラベルが一時停止 となったことで、残念ながらキャンペーンもストップしてしまいました」
デジタルとアナログの融合で「観光版MaaS」の構築を目指す
―コロナ禍の影響を受けた現状を踏まえ、現在はどんな施策を実施されているのでしょうか?
「2020年から、ネットを活用して行うデジタルマーケティングと並行して、『観光案内所の活性化』と『デプス調査』を実施してきました。『未だ見ぬ日本』の魅力を伝えるためには、リアルとデジタルの両方で情報伝達することが 有効だと考えたからです。
海外では、観光案内所(TIC)に次に訪ねるべきユニークな観光地の情報 を求める旅行者が集まることは一般的ですが、日本の観光案内所は、その地域の観光案内だけを行うケースがほとんどです。そこで私たちは、主にFIT(Foreign Independent Tour=自由気ままな個人旅行者)をターゲットとして、広島駅や広島平和記念公園の観光案内所に専門スタッフを配置し、『広島~松江 500円バス』の PR や、山陰の観光名所の写真を見せて誘客などの活動を行ってきました。結果として、この取り組みは60%以上の確率で山陰への旅行につなげられることが実証できました。今後は、大阪、福岡などインバウンドが集まるスポットでの広域プロモーションへと広げていく予定です。また、山陰地域内の観光案内所とのネットワーク化によって『川下』での受入力を強化していくことがこれからの課題です。
『デプス調査』は、山陰を訪れた外国人旅行者にガイドが同行して、興味や関心などの定性データを収集するアナログ調査です。この調査を通じて、山陰の心象風景が旅行者たちの心に『刺さる』ことが確認できました。また、デプス調査の副産物として、ガイドと旅行者が友達になることで『口コミマーケティング』が生まれることもわかりました。ガイドが介在することによって、旅行者は地元で生活する人たちと対話したり、手料理を味わったりという通常の旅行にはない体験ができる。その結果、旅行者たちは『特別な体験』を通じて感じた新鮮な驚きや発見を自身のSNSを通じて発信してくれる。『伝えたい』という内発的な動機を刺激することができるのです。デプス調査を通じて、観光案内所を起点にガイドから口コミへとつながる流れは『使えるな』と感じました。
「令和2年度事業成果報告会 コロナ禍におけるオール山陰の戦略策定 及び山陰の魅力発信への取組について 」より
また、『ゲートウェイ戦略』をさらに深めていくために、FITの方々に中国エリアを自由気ままに 動いてもらうためのデジタルパス「Discover Another Japan Pass 」を開発し、Go To トラベルの再開に合わせて販売開始予定です。こうしたデジタル戦略と『観光案内所』や『友達ガイド』といったアナログ施策が融合することで、将来的には『観光版MaaS (Mobility as a Service) 』を構築していきたいと考えています」
Discover Another Japan Pass
人材育成やツール開発を通じて「観光で地域を豊かにする」という機運を高めたい
―「コロナ後」を見据えた取り組みがありましたらご紹介ください。
「コロナによって外向けの誘客活動が制限される中、『観光商品開発マニュアル』を編集し、今年の3月に発行しました。このマニュアルでは『観光マーケティングの手順』などについて解説するほか実践例も紹介しています。また、実際の商品開発に使える記述式の『企画検討シート』も掲載するなど、実用的な内容になっています。
マニュアルの表紙には『観光で地域を豊かにしたい人のための<保存版>マニュアル』と銘打っています。『観光で地域を豊かにする』とは、旅行者の満足度を高めることによって『地域の価値』が高まり、結果として、地域に住む人たちの満足度を高めるという考え方です。
観光で地域を豊かにしたい人のための<保存版>マニュアル
従来の観光では、観光業以外の産業や地域住民の皆さんへの波及効果は限定的で、オーバーツーリズムなどの問題も顕在化していました。しかし、観光振興によって地域のモビリティやホスピタリティが高まったり、治安の維持や環境保全につながったりすれば、地域住民全員が豊かに暮らすことができます。地方は人材も限られていますから、観光業に携わる人だけで戦っていくのでは限界があります。地域の景観、自然、歴史、文化などは、地域住民の共有財産ですから、ぜひ住民全員で商品開発に関わっていただきたい……そんな思いから、このマニュアルを作成しました。私たちは毎年、各自治体の首長さんたちを訪ねてお話を伺っていますが、その際にもこのマニュアルを持参して、観光商品の開発に役立ててもらうよう薦めています 」
―コロナ禍の中にあっても、事業を通して前向きになれた点はありますか?
「仲間が増え、『観光で地域を豊かにする』という機運が高まったことですね。当機構の職員は企業からの出向者が多く、全職員17名のうち10名が出向者だったのですが、コロナを経て出向者が減るどころか2名増えているのです。これは、『Discover Another Japan Pass』や『観光商品開発マニュアル』制作などの取り組みに共感してくれる人が増えてきた証だと思います。
また、当機構では2016年度から『観光人材育成事業』に取り組んでいますが、過去の受講生の中から、宿泊事業を起業して海外からの誘客に取り組む人や、旅行者向け体験プログラム商品のプラットフォーム事業を始めた人など、新たな仲間が生まれつつあります。私はつねづね、『観光で地域を元気にすること』こそが山陰インバウンド機構のミッションだと考えています。私たちの目指すべき方向が共有され、地域におけるモチベーションが高まっていることはうれしい限りです」
―コロナの経験があったからこその「気づき」はありましたか?
「『顧客は獲得するものではなく創造するものだ』と言われますが、そのとおりだと思います。コロナ以前は、国の政策などによってインバウンドマーケットが生まれ、私たちも含めてそのマーケットをいかに獲得するかに腐心していました。それがコロナによってほぼゼロになってしまった今、私たちが成すべきことは、市場がコロナ以前の水準に戻るのを待っていることではなく『顧客を創っていくこと』だと思います。そのことに気づけたのは、コロナショックがあったからかもしれませんね」
―最後に、インバウンドに携わっている全国の地域の方々へ向けたメッセージをお願いします。
「私たちはグローバルサイトのトップページやパンフレットの表紙などに『 Discover Another Japan 』と謳っています。私たちの仲間で、山陰を良く知るアメリカ人ジャーナリストに山陰の魅力を聞いたところ、彼女は『ここには本物の日本がある』と言ってくれたのです。もちろんうれしかったのですが、山陰だけでなく、日本のローカルサイドには『知られざる本物の日本』がたくさん残っています。今は残念ながら、『ゴールデンルート』を中心とした観光体験が主流となっていますが、特にFITの方々は『本物の日本』を求めていますから、むしろローカルサイドの方が今後のポテンシャルは高いと思っています。ぜひ手を携えて、今後のインバウンド戦略に取り組んでいきましょう」