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サステイナブル・ツーリズムの国内先進事例として、岐阜県の取組をご紹介(後編)

サステイナブル・ツーリズムの国内先進事例として、岐阜県の取組をご紹介(後編)

サステイナブル・ツーリズムの国内先進事例として、岐阜県の取組をご紹介(後編)

岐阜県では“日本の源流に出会える旅”をコンセプトに、持続可能性(サステイナビリティ)を意識したプレイス・ブランディングを行っています。持続可能な観光を推進するオランダのNPO“Green Destinations”が選ぶ「2020年サステイナブルな旅行先トップ100(2020 Sustainable Top 100 Destinations)」に白川村が選出されるなど、サステイナブル・ツーリズムに関する取組は、国際的にも高い評価を集めています。こちらの記事では、持続可能な観光地マネジメントに取り組む岐阜県観光国際局海外戦略推進課の加藤英彦様へのインタビュー(後編)を掲載します。自治体によるサステイナブル・ツーリズムの推進やブランディングにご関心のある方はぜひご参考ください。 ※所属・役職は取材当時の情報です。

公式サイト
https://visitgifu.com/

サステイナブル・ツーリズム推進には、地域住民や民間事業者等ステークホルダーの理解が必要

──日本版 持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)に基づく指標の設定や国際認証取得など、サステイナブル・ツーリズムの推進に向けて、どのようなハードルがありますか?

「グローバル・サステイナブル・ツーリズム協議会(GSTC)や日本版 持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)に基づく指標の設定には、県および市町村の様々な部の協力が必要です。しかし、基本的に自治体は縦割りの組織と言われ、分野の壁を超えて取り組むことは難しい場合が多いです。観光担当課だけがやる気になっても、他部局の協力が得られなければ何もできません。そのため、首長などによるトップダウンや、観光担当課に他分野も自分ごととして考えられる人材が必要です。岐阜県の場合、知事が2009年から分野横断的な取組を実施してきたことや、2017年にUNWTO本部(マドリード/スペイン)を訪問し、SDGsの重要性を理解した上での県の方針を示したことなどから、比較的スムーズに部局の壁を越えた連携ができました。

しかし、さらに難しいのは、地域住民や民間事業者等のステークホルダーの理解を得ることだと思います。自治体がサステイナブルの旗を揚げることは自由ですが、民間の理解が得られなければ、中身のないタダの入れ物となり、やがてメッキは剥げ落ちてしまうでしょう。また、自治体が独断で指標など数値目標を示したならば、それは“絵に描いた餅”でしかありません。『先人から受け継いだ地域の宝を次世代に繋いでいかなければいけない』という気持ちになってもらうためには、ステークホルダーに対し、経済的な効果やメリットを伝える必要があります。さらに、最も難しいのは、それを自治体が政策として事業に落とし込むことです」

 

観光は遠い世界だと思い込む、地元のモノづくり企業たちの背中を押す

──地域住民や民間事業者等ステークホルダーの理解を得るために、具体的にどのような取組を行いましたか?

「モノづくりの関係で言えば、先述(前編) したとおり、岐阜県では2009年から『観光・食・モノ』を三位一体で海外プロモーションしてきました。その結果、インバウンドと食品の輸出は非常に伸びましたが、難しかったのはモノの輸出です。とある伝統工芸の生産者グループがシンガポールで1ヵ月間フェアを実施しました。ところが、期待に反しあまり売れなかったため、生産者のほとんどが『この国では自分たちが理解されない』と感じました。

日本のモノづくり企業、特に岐阜県の伝統工芸は、中小または零細企業が多く、基本的に社内の日本人デザイナーによる日本人をターゲットにしたデザインで生産されていたため、それをそのまま海外にもっていったところで、精巧な技術は理解されたとしても、実際に買って使おう、飾ろうなどという気持ちにならないことがわかりました。岐阜県の優れた商品を世界に認めてもらうには、海外に目を向けた商品開発やデザイン性が重要であると気づいたのです。そこで岐阜県では、“匠の技”を誇るモノづくり企業に世界的に活躍する外国人デザイナーの血を吹き込もうと、企業とデザイナーがコラボレーションした新商品開発プロジェクトに取り組みました。

たとえば、県内企業と世界的なスイスのデザイナーであるパトリック・レイモン氏が代表を務める『アトリエ・オイ社』とコラボし、彼らのプロデュースのもと、イタリアで毎年4月に開催される世界最大級の国際家具見本市『ミラノ・サローネ』に“CASA GIFU(岐阜の家)”として、3年間出展しました。1年目は飛騨の木製家具や美濃和紙、2年目は関の刀剣や刃物、3年目は美濃焼の展示会を開催し、新商品を発表しました。また、世界的に有名な『ザ・コンラン・ショップ』のコンラン卿の長男であるセバスチャン・コンラン氏とタッグを組んだ県内企業は、毎年新商品を開発し、フランス・パリで開催された世界最大規模の国際見本市『メゾン・エ・オブジェ』にブース出展することができました。

こうして世界的に有名な見本市に連続出展ができたことにつれて、『made in GIFU』の商品の知名度が徐々に上がり、見本市に出展する際に、現地のバイヤーやメディアをはじめ、たくさんの方々が商品をきっかけに産地である岐阜県を訪ねたという声も年々増えてきました。それ以前から、高山や白川郷などは、欧米豪を中心とする多くの旅行者が訪れていたことから、さらにもう1泊してもらおうと、1300年継承されてきた美濃和紙や関刃物など、県が育成した外国語ガイドの案内によるモノづくりの体験ツアーをはじめました。

徳川家康の刀を作った関市の刀匠・藤原兼房の25代目に師事した浅野太郎氏が代表を務める浅野鍛冶屋では、侍ナイフを作る体験を一人様3万8000円~提供しています。少々高額な体験ですが、欧米豪を中心に多い時は月に約50人、年間約300人もの参加があります。さらに、自分で作るだけでは物足らず、浅野氏が作った包丁を買う人もたくさんいます。実際に岐阜県を訪れる人だけでなく、シェアされた体験の様子を見て、現地には行けないが商品を買いたいという人も多くいるそうです。世界には、長い時を超えて受け継がれてきた伝統・文化に興味を持つ方が多数いることを実感しました」

──このような気づきや実感を、どうのようにステークホルダーの方たちへ伝えていきましたか?

「モノづくり企業は、国内での販売や海外輸出が仕事であり、『観光』は自分たちに関係ないと思い込んでいます。観光が別世界なら、インバウンドはさらに遠い存在です。『美濃和紙』『関の刃物』『美濃焼』『飛騨の木工』など、1年間必死にモノづくり企業を回り、先人から受け継がれてきた“匠の技”がどれほどの価値があり、世界の人々が興味を抱いているか、サステイナブル・ツーリズムの考え方を説明し続けました。また、その産地で本物の体験がしたいという外国人の欲求に応えられるよう、モノづくり企業がインバウンドへ一歩踏み出すための新事業を立ち上げました。

具体的には、英語による販売ページの作成、専門用語を使って説明できる外国語観光ガイドの育成と手配、OTAの予約システム活用(Q&A対応、キャッシュレス対応)など様々なサポートを行い、多くの企業でOTAでの販売が可能となりました。こうして、モノづくり企業も強力な観光プレーヤーの一員であると理解してもらうことができました。それ以降、この仕組みを活用し、地歌舞伎体験、郷土料理体験、合掌造りでの生活体験、中山道サイクリング体験など、これまで観光は関係ないと思ってきた多くのステークホルダーを観光プレーヤーとして巻き込んできたのです。

このような取組を通して、多くのステークホルダーが『なぜ海外からこれほど多くの観光客が岐阜県を訪れるのか?』という疑問を持ちます。そして、『それは先人達が長い時を超えて、自然、伝統・文化、匠の技を守り受け継いできてくれたからだ』ということに気づきます。それが地域住民の誇りや郷土愛の醸成に繋がっており、先人から受け継いだ宝を自分の子どもや孫の世代にも引き継がなければならないことにも気づくでしょう。観光を通してステークホルダーに経済的な効果やメリットを理解してもらうだけでなく、観光が持続可能な社会に向けた積極的な活動に繋がり、やがてSDGsによる地域内の好循環が生まれることにも期待しています」

モノづくり企業へのサポート

 

白川村の村民の方たちが、しっかり伝統を受け継いできてくれた

──白川村が観光庁が策定したJSTS-Dのモデル地区となり、 “Green Destinations”が選ぶ「2020年サステイナブルな旅行先トップ100」に選定されましたが、白川村はどのような努力をされたのでしょうか?

「白川村が“Green Destinations”の『トップ100』に選出されたのは、白川村の村民の方たちが “結(ゆい)”という地元に根付く文化のもとに日々の暮らしの中でしっかり伝統を受け継ぎ、また発生するであろう課題が大きな問題となる前の小さな懸念の段階で、白川村役場と地域住民が話し合い、官民をあげて対策をしっかりと打ってきたということなどが評価されたのではないでしょうか。

白川村は奥深い豪雪地帯で、2008年に東海北陸自動車道が全線開通するまでは、訪問するにも大変な地域でした。自動車道の完成によって日本人旅行者が殺到し、オーバーツーリズムの問題も起きかけましたが、すぐに、冬のライトアップ期間中の予約制導入や合掌造り集落中心を通る村道への車の乗り入れ禁止を実施するなどの対策を打ってきました。また、日本人旅行者が殺到したからと胡坐をかくことはせず、2009年に県が『飛騨・美濃じまん海外戦略プロジェクト』を開始した当初からずっと連携・参加されるなど、全線開通効果が終わった後を見据えて、インバウンドという次の一手を打って来たことも素晴らしいと思います。

このように、村民の方たちによる村を守るための活動と、先を見据えた村の戦略など、私どもも見習う点が多々あります。まだ“Green Destinations”の『トップ100』には選出されたばかりなので、それによる効果はまだこれからだと思いますが、これにより村民の方たちがこれまで以上にふるさとを誇りに思い、また郷土愛が高まったことは間違いなく、今後様々な活動を通じて、白川村が名実ともにさらに魅力的になっていくのではと期待しています」

 

先人が受け継いできた宝を、子どもや孫に受け継ぐ

──岐阜県として、今後サステイナブル・ツーリズムの推進に向けてどのような取組をしていきますか?

「まずは、GSTCやJSTS-Dなどを参考に2020年度に実施した県内の調査をたたき台として、専門家のアドバイスを受けながら、岐阜県に相応しい指標を設定する予定です。

また、前編 で『国際的に認められる必要がある』と述べましたが、今後、世界中で『サステイナブルな地域』というアピール合戦が起こることが予想されます。たとえば30万円のバッグは高いと感じますが、そのバッグに世界的なブランドのロゴが入っていたとしたら、高いとは感じない、これがブランド力だと思います。よって、岐阜県では今や世界の潮流であるSDGsの取組に対し、観光分野における国際権威機関等からのお墨付きをもらうことを目指し、結果、自他ともに認めるサステイナブルな地域としてブランド価値を向上させ、プロモーションの効果を上げるとともに、地域住民の誇りや郷土愛の醸成も図っていきたいと考えています。

具体的にはふたつの方向性があります。ひとつは、国連世界観光機関(UNWTO)がサステイナブル・ツーリズムを推進するためにつくった国際ネットワークであるInternational Network of Sustainable Tourism Observatories(INSTO)への加盟です。もうひとつは、2020年度白川村が選出された“Green Destinations”の『トップ100』等の国際認証を他の地域も獲得するよう、促していこうと思っています。

そして、国内外の先進事例を参考としなから、白川村や世界農業遺産『長良川の鮎』など、すでにある好循環システムを県内各地に広めていきたいと考えています」

インバウンド促進へ向けた考え方/SGDs

──サステイナブル・ツーリズムに取り組もうとしている自治体に対して何かアドバイスはありますか?

「繰り返しとなりますが、SDGsは決して環境分野など、単独部局だけが取り組むことではありません。岐阜県ではなぜ観光部局が積極的に取り組んでいるかというと、先人から受け継がれた地域の宝がまさにサステイナブルな観光資源であり、それを子どもや孫の代にも受け継いでいきたいという想いが、サステイナブル・ツーリズムを推進する大きな原動力となるからです。地域住民がふるさとに誇りを持ち、郷土愛を育むことができれば、自然と環境への意識も高まるでしょう。また、地域の魅力の語り部、着地型体験ツアー(オプショナルツアー)のプレーヤーなど、地域の魅力を発信する人が増えれば、観光客の増加に繋がります。さらには観光客や地域住民の満足度も向上し、好循環が末永く続くでしょう。 これがサステイナブル・ツーリズムの推進であると考えています。

また、観光は経済効果など裾野が広いとよく言われますが、旅行にかかる消費という意味だけでなく、もっと大きな意味で、世界に対するブランディングを築くことができるという意味で裾野が広いと思っています。サステイナブルな要素を散りばめた岐阜県のブランディングが世界に浸透した場合、たとえば、タイのスーパーで果物を購入しようとする人が、『岐阜産』と表示されたリンゴや柿を見て、『岐阜県は、自然豊かでサステイナブルな地域である』というイメージが湧き、商品の購入に繋がるかもしれません。イギリスのセレクトショップで『美濃和紙・岐阜』という表示を見た人が、世界的に有名なイサム・ノグチの和紙の灯りを購入するかもしれません。地方では労働力が不足することが多いですが、海外の技術研修生が、岐阜県は“匠の技”が脈々と受け継がれ、素晴らしい職人が数多く存在する地域だというイメージを持てば、その技術を学ぶため海外からの研修生が増えるかもしれません。海外だけでなく、国内でも学生の就職先や、Iターン、Uターンに繋がるかもしれません。

こうしたことから、観光は、社会全体の経済効果や発展に貢献できる分野であると思っています。そして、それに不可欠なのが、サステイナブル・ツーリズムの考え方ではないでしょうか。『観光を通じて理解することで、SDGsはもっと身近になり、効果の裾野が広くなる!』と信じて、SDGsは自分ごとと捉えて、全国の自治体の皆さん、地域そして日本のために頑張りましょう」